暗闇の偵察隊3

「〈念話〉は禁止だ。その他のありとあらゆる魔法を使うことも許さん」


 クーデターによって生徒会室を追われた私たちは、空き教室に移されました。手足を拘束されたうえ、剣術部の部員が三人も見張りについています。これでは逃げることもできません。


「北高の全権を掌握すると言ったな」

「それがどうした? お前にはもう関係のないことだ」

 先ほどから会長が見張りの剣術部員に話しかけています。情報を得ようというのでしょうか?


「関係あるとも。僕も北高生のひとりだ。この学校がどうなるか気にするくらいの愛校心はある」

「そうか。だが俺は港高生だ。この学校に対する愛着はない」


「どうやって生徒達を従わせる? 暴力で従わせようとしても必ず反発する者は現れるぞ。それも力尽くで従わせるのか? 恐怖政治だ」

「おまえには関係ないと言った」


「剣術部と風紀委員会であわせて三十人も居ないじゃないか。それで百人以上居る残りの生徒たちを従わせられると本気で思っているのか?」

「黙っていろ!」

 見張りが会長の頬を剣の柄で殴った。鈍い音とともに会長が吹っ飛ばされました。


「会長!」

 会長のもとに近寄りたいが、手足が縛られているのでそれもままなりません。


「僕たちはかねてから君たちと一緒にやっていこうとした。そこに居る副会長を代理としてよこしたこともあったろう? 何故、今なんだ? 僕たちは何も拒んでいない。ともにやっていくという選択肢は本当になかったのか?」

「喋るなと言っている!」

 再び剣術部の男子が会長を殴りました。にもかかわらず会長は喋ることを辞めません。普段冷静な会長らしくないのです。


「こうなってしまっては一般生徒と君たちの溝は決定的だ。表面上は従っているように見えても誰も君たちを支持はしない。面従腹背だ」

「どうやら、もっと痛い目に遭わないとわからないようだな」

「…………!!」

 私は思わず息を呑みました。剣術部の男子生徒が鞘から剣を抜いたからです。


「殺しはしない。だが、少しばかり痛い目を見てもらう。われわれの指示に従わないお前が悪い」

「会長……!」

 私が叫びますが、会長は涼しい顔をしています。


「大丈夫だ。心配には及ばない」

「この野郎! 女の前だからって粋がって!」

 剣術部員が剣を振り上げました。私は思わず目を瞑ってしまいました。


 しかし、そのあと聞こえてきたのは私の想像とは異なる音でした。

 カラン。乾いた音が床から聞こえました。


 私は目を開けると今し方剣術部員が振りかぶっていた剣が床に落ちていました。そしてくだんの剣術部員はというと……。


「き、貴様……なに……を……」

 その時気づきました。部屋で彼と同じように私たちを見張っていたはずの二人の男子生徒達はいずれも床の上に突っ伏していたのです。


「なに、たいしたことはしていない。〈誘眠〉の魔法を掛けただけだ」

 たいしたことじゃないなんて嘘です。私たちの〈副脳〉は取り上げられ、すでにその存在が感知できないほど離されています。〈スクリプト〉による魔法の無詠唱発動を行うには〈副脳〉が不可欠なのです。ならば一体、会長はどうやって……?


「ばか……な……」

 剣術部員も同じ事を考えたのか、それとも自分の置かれた立場に納得がいかなかったのか、そう言い残してくずおれていきました。


「会長!」

 見張りが全員動かなくなったことを確認した私たち――私、書記、会計の三人――は縛られたまま会長の元へと寄っていった。


「イブリース君」

 会長が常と変わらぬ顔で私の名前を呼びました。

「手を出すんだ」

 私が言われたとおりに会長の前に手を出すと、会長は口の中で素早く呪文を唱えると、

「氷の刃よ」

 私の腕の間に鋭い氷の刃が現れ、くるりと一回転。次の瞬間、私の腕を縛っていた紐がはらりと床に落ちました。


「ありがとうございます、会長!」

 腕が自由になった私は会長が作った氷のナイフを使って会長と書記、会計の四人の拘束を解いていきます。


「完全に眠ってますね」

 書記が倒れている見張りの頬をつついています。


「でも、どうして? 会長、〈誘眠〉の魔法って言ってたけど……」

 会計の疑問は私も思ったことです。会長が〈誘眠〉の魔法を使うタイミングはなかったはずなのです。


「それか。いや、たいしたことじゃない」

 私が会長を拘束していた紐を切ると会長は立ち上がりながら魔法の説明をしてくれました。


「見張りと会話をしていただろう? あの中に呪文を潜り込ませていたのだ。注意深い奴なら気づいていただろうから、運が良かった」

 驚きの余り、言葉が出ませんでした。隣で聞いていた書記と会計も口をあんぐり開いているので、同じ気持ちだったでしょう。


「それよりも――」

 全員の戒めが解かれたことを確認すると、会長は教室の中を見渡しながら言いました。


「会話の中に呪文を紛れ込ませたため、〈誘眠〉はあまり強力に作用していない。すぐ目覚めるかもしれないから一刻も早くここを出ることにしよう」

 私たちは念のために見張りたちに今自分を縛っていた紐で縛り付けて、その場を後にしました。

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