暗闇の偵察隊2

                      聖歴2026年11月20日(金)


 その日も、私たち生徒会はいつものように事務仕事に追われていました。


 ご存じの通り、あの忌まわしき文化祭での事件の後、学校生活は激変しました。制度的にもっとも大きな変化はこれまでの自由経済体制を改めて一時的にではありますが、物資の配給制を復活させたことです。


 私たちの……というより、菊池会長がなによりも危惧なさっていたのは校内の生徒達が生きる気力を失ってしまうことです。特に、皆の生活を支える食料生産系の部が活動を停止してしまうことを恐れていました。

 そこで会長は校内でも大きな勢力を持つ園芸部と家庭科部にいち早く打診し、事態が落ち着くまでの間、食料を配給することにしたのです。


 ちょうど、この北高が“封印”されて外に出られなくなった混乱の時と同じです。やがて生徒達が落ち着けば元のように自由に活動できるように戻すことを期待していました。


 そしてそれは会長の予想通りとなっていたのです。

 生徒達は徐々に落ち着きを取り出し、私たち生徒会は配給制から自由経済へと戻すためのさまざまな折衝や手続きに追われて忙しい日々を送っていました。


 生徒会室は他の部の部室と同じ大きさです。特別教室棟の一階にある教室を半分にして使っています。

 窓際の大きな机は会長席です。大きな机ですが、それでも足りないほどのたくさんの書類が山のように積まれ、今も菊池会長が黙々と書類に目を通して判を押しています。これだけの書類ですが、会長はこれを一日で処理します。


 会長席の前には、教室にも置かれている普通の机が左右に並べて置いてあります。ここで他の役員たちが仕事をしています。

 今ここで仕事をしているのは副会長である私、イブリース・ホーヘンベルクに一年生の書記と会計の合計三人。本来ならばもう一人居るはずだったのですが、彼はもう帰ってきません。


 私は自分で作成した書類に目を通しました。問題ないことを確認してから、今書いていたその紙を持ち、会長に話しかけました。

「会長、配給制終了のプランについてまとめました」

「ああ、持ってきてくれ」

 会長席まで移動し、会長に書類を渡します。


「こちらが現行通りのプラン、こちらは想定より早く移行するプラン、そしてこちらはさらに早く移行するものとなっています」

「ふむ……」


 会長が私が書いた書類に目を通します、瞳が素早く左右に動いていることからわかるとおり、会長は読むのがとても早いお方です。もっとも、早いのは読むだけではなく、思考も決断も早いのですが。


「この、プランBを基本にしよう。ただし、移行時の物価上昇を抑えるために生徒会予算から切り崩していつでも使えるように手はずを整えてくれ。段取りについてはこちらの書類を参考に」

「わかりました」


 会長の指示を受けてプランの修正を行うために席に戻ろうとしたときです。生徒会室の扉が乱暴に開け放たれました。


「菊池はいるか!」

「風紀委員長! 扉はお静かにお開けくださいと何度も言っているはずです! それから、会長に対して呼び捨てとは何ですか! 仮にも上級生相手です。敬称をつけなさい!」


 入ってきたのは風紀委員長の岡田遙佳おかだはるかさんです。何かと会長に食ってかかる正直言って私はこの人が好きではありません。


「会長だと? 菊池一の任期は先月四日で切れている。今の貴様らは生徒会室を不当に占拠している状態だと毎日言っているだろうが。一刻も新生徒会に生徒会室を明け渡せ!」


 そうなのです。岡田さんはここ一週間ほど、毎日のようにこうしてやってきては生徒会室を明け渡すように迫っているのです。


 しかし――


「新生徒会? 対立候補もおらず、誰からも支持されなかった傀儡が生徒会長? 笑わせないで! 逆に、私たちの任期延長は部長会で信任を受けています。生徒達の支持を受けているんです」


「そのような規定は校則にはない。校則にあるのは生徒会長の任期は文化祭までであるということと、選挙を行って新しい生徒会長を選出しなければならないということだけだ」


「その校則は私たちが今こうして閉じ込められているという現状を想定しているんですか? 現状が想定とあっていないのにカビの生えた校則にいつまでもかじりつくのが風紀委員の仕事なんですか?」


「生徒の側に校則を改正する手段がないのだから、それに従うのは当然だろう? 生徒の範となるべき生徒会が率先して校則を破っていては校内の治安など夢のまた夢」


 このように岡田さんと口論になるのはいつものことなのですが、この日は特に激しかったのです。今になって思い返せば、これも計画の一環だったのでしょう。部室の外に後待ってくる大勢の人々の気配に全く気づきませんでした。


「じゃあ、お聞きしますが、今校内の治安は保たれていないとでもいうのですか? あなたはもう少し、生徒の自主性というものを信じてですね――」

 私の言葉は遮られました。生徒会室の扉が乱暴に開け放たれる音によって。


 開け放たれた扉から、続々と男子生徒達が入ってきます。学校指定の制服ではありません。白と紺色の袴。そしてそれとは少しデザインの異なる袴。

 北高と港高の剣術部員たちでした。


 対外試合中に封印騒動に巻き込まれた港高の剣術部と、その対戦相手で港高を招待したホストである北高の剣術部は封印後、私たち生徒会とは袂を分かち、長い間地下の迷宮に居を構えていました。私たちの再三にわたる地上への帰還要請に応えることなく、地下で独自に活動をしていた彼らが何故今こんな所に……?


 そんなことを考えている場合ではありません。この人たちを一刻でも早く追い出さないと。そう考えて私は一歩前へ出ます。


「何ですか、あなた達は! ここは生徒会室ですよ! もっと静か……きゃっ!」

 私は、剣術部員の大柄な一人に突き飛ばされ、背後のホワイトボードにぶつかって尻餅をつきました。


「いたたた……。何をするんです……ひっ!」

 私は息を呑みました。それもそのはず。私の目の前に白く輝く鋼鉄の刃が突きつけられていたからです。


「風紀委員長、これはどういうことか、説明してもらおうか?」

 会長が冷静に岡田さんに聞きました。こんな時なのに顔色ひとつ変えていません。風紀委員長が会長の首元にナイフを当てているにもかかわらず。


 その会長の問いに対して、岡田さんは高らかに宣言します。

「今この瞬間より北高における全権は新生徒会及び剣術部が掌握する!」

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