暗闇の偵察隊

暗闇の偵察隊1

 巽からの〈念話〉を受けた一行は眠ったままの秋山を連れてすぐさま“”のほこらへと向かった。


 とはいえ、“巳”のほこらへは今まで一度も行ったことがなく、また知っている道のりでもやはり随所で道が崩れていて大きな迂回を余儀なくされていた。

 道中〈念話〉経由で巽の案内を受けながら地下迷宮の比較的広い部屋で仮眠を取り――コボルト達が交代で寝ずの番を引き受けてくれたのは実に助かった――“巳”のほこらにたどり着いたのは翌日の夕方だった。



                      聖歴2026年11月21日(土)


「ここが、“巳”のほこら……?」

 一行は巽の〈念話〉の案内によりその前までやってきた。しかし――


「これ、どう見ても壁にしか見えないよねぇ」

 巽の言う“巳”のほこらはどう見てもただの岩壁、通路の真ん中で横を向いて壁を見ているだけの状態に見える。


「……って、わわっ!?」

 こよりが壁に手をつこうとしたらその手は壁をすり抜け、バランスを崩したこよりはそのまま壁の中に吸い込まれるように消えてしまった。


「細川さん!」

『そこが、“巳”のほこらです。かべのようにみえるのは、まじゅつでつくった まぼろしですので……どうされました?』


「巽さん、もうちょっと早く説明して欲しかったわ」

 結希奈が呆れたような顔つきで入り口を見た。そこでは倒れたこよりを慎一郎が助け起こしているが、慎一郎の背中が壁から生えているように見えて奇妙な光景だ。


「うわ、本当です! 壁に見えるのに手はすり抜けてしまいます。結希奈さん、すごいですよ!」

「今井さんも遊んでないで先に進もうね……」

「はいっ!」


 全員が幻の壁を通り抜け、その先にある通路をしばらく進むと、やがて道は石造りへと変わっていった。静寂に包まれ、空気も静謐で、どことなく神聖な雰囲気を覚える。


 石造りの道自体は地下迷宮でも別に珍しいものではなかったが、ここは別格だった。無造作に並べられた大小様々な石ではなく、大きな岩から丁寧に切り出されたであろう均一の石が寸分違わずに丁寧に敷き詰められているのだ。床だけでなく、壁も、天井も。


 所々、先のヴァースキが現れたときの衝撃によって破壊された傷跡が見られるが、それでも他の場所に比べれば比較的きれいな状態を保っていると言えた。

 〈竜海神社〉として本殿が建てられていた“たつ”のほこらとは異なるが、ここもまたこの森にあって重要な場所なのだろうと容易に察せられた。


 今はいくらか破壊されてしまっているが、かつてはきれいに維持されていたであろうまっすぐな石畳を進むと、やがて垂直に折れた枝道ともいえる細い道が何本もみえてきた。それに構わずまっすぐに進み、やはり美しく整えられた石造りの階段を上っていくと、その奥に教室一つ分ほどの広間にたどり着いた。その奥に木でできた真新しい社が鎮座している。


『ようこそ、“巳”のほこらへ』

 社の前にあの時見たちいさな巽がおり、深々と頭を下げた。


「巽さん!」

 結希奈がかけ出してちいさな巽を抱きしめた。


「むぎゅ!」

「巽さん、無事で良かった……! 誰にも連絡が取れないんだもん。あたし、心配で……」


「ゆきなさん、わたしはぶじですから、その……はなし……て……」

「結希奈ちゃん、強く抱きしめすぎ!」

 こよりが慌てて巽から結希奈を離そうとするが、時すでに遅し。巽は白目をむき出しにしてすでに失神していた。


「ああっ、巽さん! しっかり!」




 幸い、巽の意識はすぐに回復した。意識を取り戻した巽は何事もなかったかのように立ち上がり――少しふらついていたことは彼女の名誉のために伏せておこう――、慎一郎の、正確にはメリュジーヌの前に跪いた。


「りゅうおうへいか。わざわざ ごそくろういただき、ありがたくぞんじます」

『挨拶は良い。何が起こっているのか報告せよ。子供達を保護していると聞いたが……?』


 “巳”の〈守護聖獣〉は跪いたまま竜王の問いに答える。

「はっ。どうやら、ちじょうでは、なにものかによる しゅうげきをうけたようです」


「襲撃ですって……!?」

「はい、あさむらさん。せいとたちのおおくは しゅうげきしゃにとらえられたようですが、そこから のがれることのできた すうにんを ほごいたしました」


『ふむ、よくやった。彼らに怪我はないか?』

「だいじょうぶです。くわしくは、かれらにきくのがよろしいでしょう。ごあんないします」

 そう言って巽は歩き出した。その後ろを慎一郎達と、秋山を運ぶコボルト達も続く。


 巽は慎一郎達が今来た道を引き返し、さきほど素通りした枝道のうちのひとつを折れていく。枝道の左右には障子で仕切られた小部屋がいくつも並んでいた。どうやら、この部屋のどこかに助け出された生徒達がいるようだ。


 その途中、通路を小さな黒い影が横切った。黒い影は立ち止まり、金色の瞳でじっとこっちを見ると、たっと音も立てずにこちらに駆け寄ってきた。


「アラシ!」

 黒猫は何の躊躇もなく結希奈に飛びかかると、結希奈はアラシを抱きとめた。結希奈に抱かれ、頭を撫でられる子猫はゴロゴロと喉を鳴らし、目を細めて気持ちよさそうにしている。


「いえにいた かげのしんも ほごしました。げんきにしていますよ」

「ありがとう、巽さん。でもこの子、アラシなんだけどな……」

 結希奈のぼやきが聞こえたのか聞こえなかったのか、巽は一同を案内するように通路を歩き出した。


「その方はこちらに」

 そのうちの部屋のひとつにゴン達は案内された。その部屋には布団が敷いてあり、今も薬草で眠らされている秋山を寝かせた。ゴン達をここに残し、一行はさらに奥へと進んでいった。


「こちらです」

 巽はその部屋の前まで来ると障子の前でしゃがみ、「はいります」と一声かけてから障子を開けた。


 部屋は四畳半ほどと広くはないが、中に置かれているものが多くはないのでそれほど窮屈には感じない。部屋の中の人物は唯一の家具である卓の向こう側で足を崩して座っていた。これまで彼女の制服姿しか見たことがないので、巽が用意したであろう巫女服が新鮮に思えた。


「イブリースさん……?」

 慎一郎が部屋の主の名をつぶやいた。


 イブリース・ホーヘンベルク。魔界からの留学生で、北高生徒会副会長。彼女が保護された生徒のうちの一人だ。


「〈竜王部〉の皆さん、ご無事で何よりでした。さあ、お入りください」

 イブリースの招きによって部屋に入った。


「イブリースさん、学校が襲撃されたと聞いたのですが、一体誰に……?」

 卓を挟んでイブリースの正面に座った慎一郎は、前置きもなくイブリースに聞いた。

 イブリースはそれに気分を害することなく、慎一郎をまっすぐ見て言った。


「剣術部です。剣術部が、風紀委員会と共謀して学校を襲撃したのです。会長とほぼ全ての生徒達が囚われました。クーデターです」

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