朽ち果てた男4

 剣術部の部室近くにある地上への出口はヴァースキに破壊された後、縄梯子がかけられる簡易的な修復が行われたのち、放置されていた。そこまで手が回らなかったからなのだが、病人を連れているこの状況にとっては腹立たしい。


 慎一郎が縄梯子を登り、出口にかぶせられている木製のフタに手を伸ばす。地上の生徒が誤って落ちてしまわないようにするためだ。これを横にずらして外へ上がるわけだが……。


「いつっ……!」

 フタに手を触れた瞬間、鋭い痛みが走り、瞬間的に手を引っ込めた。


「どうしたの?」

 結希奈が心配そうに見上げている。


「……いや、大丈夫。少しビリッとしただけだから」

 そう言ってフタに手を伸ばそうとした。が、それをメリュジーヌが静止する。


『待て。どうやら、何らかの魔法がかけられているようじゃ。結界のたぐいかもしれぬ』

「結界……? 誰が? 何のために?」


『さてな。ここに入れないようにするためか、それとも逆に、ここから出られないようにするためか……』

 こよりがフタを調べてみたところ、メリュジーヌの言うとおり、何らかの魔術的な細工が施されていることがわかった。しかし、それを解除するには道具も時間もない。


「あ、じゃあ私、外崎さんに連絡して〈転移〉の魔法を使いますね」

 楓がこめかみに指を当て、部室で待っているだろう姫子に〈念話〉をした。


 しかしその表情はみるみる曇っていく。

 五秒……十秒……十五秒経っても返事がない。そして二十秒経ったとき、楓のこめかみから指が降りた。


「どうしたの? もしかして……」

 こよりの表情が曇る。楓はその悪い予感を裏付けるように頷き、口を開いた。


「外崎さんも繋がらない……」

「そんなバカな……!」

 結希奈もこめかみに手を当てた。こよりも、楓も別の誰かに〈念話〉を試みる。


「ダメ、繋がらない!」

「こっちも!」

 姫子や徹だけではない。綾子も山川姉妹も弓道部の面々も、誰ひとりとして〈念話〉が繋がらなかった。ここにいる〈竜王部〉の部員達同士の間では繋がるので、あの時のような原因不明の障害が起こっているわけではない。


「何かが起こっている……」

『うむ。この男の問題だけではない。一刻も早く地上に戻るべきじゃな』

「すぐ行こう!」


 即断即決。そうと決めた慎一郎達の動きは素早かった。地下迷宮から外へ出るルートはいくつもある。別のルートを探して地上へと向かうことにした。ゴンらコボルトの戦士達も着いて来てくれた。


 しかし――


「ダメだ! ここも塞がれている!」

 ある場所は部室近くの出口と同じように魔法的に、また別の場所はとても動かせそうにない大きな岩で塞がれて、また別の場所は通路そのものが大きく崩されてそこにたどり着けないようになっていた。

 全て人為的に行われているのは明らかだった。


「くそっ!」

 地下迷宮の中、破壊された出口の前で土壁を叩く慎一郎。

……!」


 半日ほどかけてあちこちを移動して得た結論がこれだった。外に出る手段がことごとく封じられ、慎一郎達が外に出る手段を失っていた。


『落ち着け。焦ってもなにもならぬ』

「しかし……!」

「最悪、わたしが錬金術で地面を掘っていけば外に出られると思う。でも……」

 それでは、いつ外に出られるかわからない。錬金術は穴を掘る魔術ではないからだ。


 その時、結希奈が素っ頓狂な――この場においてはそう思われてもしかたがなかった――声を上げた。


「えっ!? うそ、ちょっと待って……!」

『どうした、ユキナ?』

 メリュジーヌが聞くが、結希奈はそれを制してこめかみに指を当てた。〈念話〉のジェスチャーだ。


「もしもし……?」

「〈念話〉がかかってきた!? でも誰が……?」


 先ほど、手当たり次第に〈念話〉をしてみたが、誰にも繋がらなかったことは確認済みだ。着信があったことに気づいた誰かが折り返してきたのだろうか。それとも――


 全員が固唾を呑んで結希奈の〈念話〉を見守る。


『もしもし。ゆきなさんですか……?』

「……巽さん!?」


『いますぐ、“巳”のほこらへ きてください。なんにんかのせいとを ほごしています』

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