朽ち果てた男

朽ち果てた男1

                      聖歴2026年11月19日(木)


 十二のほこらの再建作業はお世辞にも順調とは言えなかった。

 瑠璃を救出後すぐに“さる”のほこらは再建できたものの、残る“ひつじ”と“とり”のほこらは最初にそこにたどり着いたときよりも遥かに時間がかかった。


 理由はやはり、地下迷宮各地での崩落によるルート確保の困難さである。


 〈竜王部〉は根気よく新しいルートの探索と、場合によってはこよりの錬金術により丁寧に落下した岩を取り除いて、あるいは崩落しかかっている場所の補強しながら先を目指し、ようやくそれらのほこらの再建を成し遂げた。


 しかし、気がつけば十一月も下旬。あの文化祭の惨劇から一ヶ月半も経過していた。

 これで再建したほこらは十。残るは“いぬ”と“”のほこらのみ。どちらも比較的行きやすい場所にあるほこらだ。


 これらのほこらを後回しにしたのには理由がある。

 もともと、このほこらの再建作業は地下迷宮内の大広間で石化している暗黒竜ヴァースキの石化強化のためである。

 ヴァースキの石化が解けないよう、ほこらの再建を行っているのだが、再建が難しいほこらを後回しにしてしまうと、万が一石化が解けそうになった時に緊急で対処ができなくなる。


 そのため、比較的再建しやすい二つのほこらを後回しにして、再建が困難な二つのほこらから先に手をつけたのだ。

 しかしそんな再建作業も終わる。残る二個のほこらを一気に再建するために〈竜王部〉は“亥”のほこらを現在維持管理しているコボルト村へと向かった。




「さあ、ご案内するっす」

 コボルト村の戦士長ゴンと、数人のコボルト戦士たちの先導で慎一郎たちはコボルト村から迷宮の中へと入っていく。


 先頭のゴンが持つたいまつの明かりが土の通路を照らしていく。先頭にゴン、その後ろに新しいほこらを前後に並んで小さなお神輿のように持つコボルト二人とその左右で彼らを守るコボルト、その後ろに結希奈と楓、さらにこよりと彼女のゴーレム達、しんがりを慎一郎が務めるという並びで地下を進む。


 通路は比較的広く、敵が出てきても十分に剣を振り回して戦えるほどの広さだ。

「ここの道も新しくできたところね……」

 こよりがマップを見ながらつぶやいた。彼女お手製の地図は魔法による仕掛けがしてあって、歩いたところが自動でマッピングされるだけでなく、高低差もきちんと立体的に記憶して、しかも必要に応じて拡大、縮小ができる優れものだ。

 今まではそんなものだろうと思ってみていたが、よくよく考えてみると高校生にこんな魔法はとても使えない。これももしかすると自衛隊の技術なのかもしれない。


「この辺りも結構道が崩れたりしてルートが変わってるっす。でも、大丈夫っすよ。おいら達コボルトがこの辺りの道は全部調べてバッチリ頭に入れてるっす!」

「頼もしいわね。頼むわよ、ゴンちゃん」

「こよりの姐さんにそう言ってもらえると、今までの苦労も全部吹き飛ぶっす!」

 ゴンをはじめ、コボルト達の鼻息が荒くなったのは気のせいではあるまい。


 そんなことを話しながら迷宮の中を進んでいく。もちろん、途中何匹かのモンスターと遭遇したが、今の彼らにとって敵ではない。久しぶりの大所帯の迷宮探索は和やかな雰囲気のまま問題もなく進んでいった。


 コボルト村を出てから四十五分くらい見たことのない道を上り下りして進んでいくと、やがて正面の通路が明るくなってくるのが見えた。

 迷宮内の少なくない場所に自生しているヒカリゴケのたぐいではなく、通路の左右に等間隔でかがり火が設置してあるからだった。もちろん、コボルト達が設置したものである。


「こういうかがり火を見ると、なんだか松阪さんのところの地下牢を思い出しますね」

 “申”のほこらに最初に行った時の話だ。あの時出現したコカトリスの視界を塞ぐために地下牢の通路を照らしていたかがり火を楓が矢でたたき落としたのだ。彼女にとっては印象に残る風景なのだろう。


「ほこらが近いっすからね。今あのほこらはおいら達の新しい聖地として、きれいに奉ってるっすよ」

 ゴンはどこか誇らしげだ。


 ゴン達コボルトはかつては“戌”の〈守護聖獣〉を“犬神様”と奉る眷属だった。しかしその〈守護聖獣〉は一連の騒動の中で命を落とし、また住処も奪われてしまい、今の場所に落ち着いた。その今のコボルト村を救ったのが慎一郎達〈竜王部〉だ。


「浅村殿に言われたとおり、しっかり守っているっす」

「偉いわ、ゴンちゃん」

 こよりに褒められて、さらに締まりのない顔になっているのは決して気のせいではないだろう。


 コボルト達が整備したのか、木枠で補強されている通路がまっすぐに続いていた。しかも、コボルト達と比べて背の高い人間が十分立って歩けるほどの高さを確保してある。コボルト達には大工事だったろう。


 通路をまっすぐ進むと、やがて上り階段に行き着いた。上り階段はコボルトサイズに作られていたので上りにくかったが、何とかそれを上り終えると、未整備の区間へとたどり着いた。


「もうすぐっす」

 ゴンがそう言った場所には見覚えがあった。そこはかつて巨大イノシシこと“亥”の〈守護聖獣〉に追いかけられて、くだんのモンスターが壁に激突した結果、大穴が空いて発見された沸き湯の近くだったからだ。


「わぁ。懐かしい!」

 崩れた壁から沸き湯のある場所へと足を踏み入れた結希奈が笑顔になった。


「どうしたんですか、結希奈さん。……わぁ!」

 続いて部屋に入ってきた楓も明るい声を漏らす。


「何ですか、ここ? 温泉があったんですか?」

 楓は湯が溜まっている場所まで駆け寄ってそこに手を入れた。


「すごい! あったかいですよ。気持ちいい~」

「楓ちゃんは温泉が好きなのね」

 こよりが隣にやってきて、足を湯につけた。ちょうど足湯のような格好だ。


「はい! お母さんが温泉好きで、家族で旅行へ行くときには必ず温泉がある場所に行くんです。ここはメキシコの鍾乳洞温泉に雰囲気がよく似ています!」

「メキシコ、ねぇ……。あはは……」

 海外旅行なんて行ったことのない結希奈は苦笑するしかない。


『それほど好きならば入れば良かろう。それくらいの時間はある』

 湯気の上がる温泉の上をミズスマシのように歩くメリュジーヌ。実体のないアバターだからできる技だ。


「え? でも……」

『遠慮することはない。ユキナもコヨリも入った湯じゃ。よい湯であったと申しておった』

「え!? お二人とも入ったことあるんですか?」

 楓が二人の方を見るが二人は目をそらして答えようとしない。

「もう、お二人ばっかり、ずるいです!」

 頬を膨らませる楓。


『じゃから今から三人で入れば良かろう。のう、シンイチロウよ』

「なんでおれに聞くんだよ……」

「や、やっぱりまた次の機会でいいです……」

 慎一郎を見て顔を赤くする楓。


「……? なんでおれを見てるの、今井さん?」

 という慎一郎を見て、大きくため息をつくこよりであった。




「それでは、ほこらの再建を祝して、かんぱーいっす!」

 ゴンの乾杯の音頭でその晩の宴会が始まった。

 彼らが聖地としているほこらが再建されたということで、ぜひともとコボルト達に請われては慎一郎達にそれを断って帰るという選択肢は存在しない。


「そういえば、イノシシを倒した時もこうやって宴会をやったな」

『うむ。あの時の肉は絶品じゃった』

「ああ。数ヶ月ぶりの肉だったからな」


 もともと陽気でお祭り好きな種族であるコボルト達は、何かと理由をつけては宴会をする。今回のほこらの再建は彼らにとって格好の宴会の口実になるのだ。

 早速できあがって歌い、踊るコボルト達。


『むむっ、コボルトどもが飲んでいるのは酒ではないか?』

「言っておくが、おれは未成年だからな」

『……わかっておるわい。硬いのぉ』


 そんな慎一郎の目の前には大きな肉の塊が置かれている。それを無造作に掴んで口に入れると、芳醇な味わいが口の中に広がっていった。

「……これは」

『ほう、これはうまい!』


 慎一郎とメリュジーヌが驚いているその隣で、結希奈とこよりもその味に目を丸くしていた。

 半年前に食べたイノシシを焼いただけの肉よりも、格段に味が複雑になっているからだ。おそらく、焼きながらソースを何重にも丁寧に塗りつけて味を染み込ませたのだろう。ワイルドながらも丁寧な仕事ぶりに感心した。


「どうっすか? 我らコボルト村が誇る料理長が家庭科部に留学して産み出した新しい名物料理っすよ!」

「家庭科部……翠さんのところね。なるほど、どうりで……」

 結希奈がふむふむと肉をじっと見つめ、一口かじって味を確かめる。どういう風に料理しているのか確認しているのかもしれない。


「名付けて、『コボルト焼き』っす!」

「いや、そのネーミングはちょっと……」

 全員がツッコミを入れた。


 こうして、笑い声と朗らかな雰囲気の中、コボルト村での夜は更けていく……。

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