進撃の南瓜5

 じいやの案内でどこからともなく現れたカボチャの馬車に乗ってすぐ降りると、元のおもちゃサイズの大きさに戻った兵隊達が一列に並んであたしを出迎えてくれた。

 ここは北高の本校舎昇降口前。元の場所に戻ってきたのだ。


「救世主様に、敬礼!」

 隊長が号令を出すと、兵隊達は一糸乱れぬ動きで敬礼を行った。


「どうもどうも」

 兵隊達の出迎えに気恥ずかしくなったあたしは、照れ隠しをしながらカボチャの馬車を降りた。


「此度の戦いに勝利できたのは、すべて救世主様のおかげです。ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

「いや~、それほどでも」

 数十個のおもちゃの兵隊の前にあたしはただ照れるしかない。


「来年のハロウィンでもトリッキーズは出現するかと思います。来年もご協力、お願い致します」

「お願い致します!」

「え? 来年も?」


 あたし、三年だから来年は卒業してるんだけどなぁ。まいっか。どうせハロウィンのアトラクションだし。


「うん、わかった。また来年も遊びに行くよ」

「ありがとうございます! それでは失礼します!」

「失礼します!」

 直後、強い風が襲った。


「うひゃっ……!」

 思わず目をつぶった。次に目を開けたときにはたくさんのおもちゃの兵隊も、大きなカボチャの馬車も、全てが跡形もなく消え去っていた。


「うひょー」

 そりゃまあ、そんな声も出るよ。びっくりだもん。


「凝ったアトラクションだったなぁ。あとで結希奈ちゃんに感想言っておこうっと。あ……!」

 思い出した。あたしは今日のハロウィンキャンペーンの客引きをするために出てきたんだった。早くお客さんを呼び込まないと……ってあ、あれ?


「誰も……いないんですけど……? はてな?」

 辺りを見渡しても誰もいない。おかしいな……。


 と思っていると、向こうの方の暗がりから人影がやってくるのが見えた。


「あ、いたいた! おーい!」

 あたしは籠を片手にその人影の方へ手を振りながら走っていった。


「ねえねえ。今日さ、家庭科部のお店でハロウィンキャンペーンってのをやってるんだけどさ……げ」


 向こうからやってくる小柄な影はかわいらしい巻き毛に似合わぬ鋭い瞳に軍服のように改造された制服、それに腕に黄色い腕章。間違いない、風紀委員長だ。あたしは咄嗟に被っていた魔女コスプレの幅広帽を目深に被って顔が見えないようにしつつ、Uターンしてその場を立ち去ろうとした。


「む……。貴様……」

 しかしその甲斐もなく、風紀委員長はあたしのことを認めて早足でこちらへと向かってくる。コツ、コツという音が心臓に悪い。


「おい、待て! そこのお前だ!」

 あたしは聞こえない、あるいは自分のことだと思っていないフリをしてその場を立ち去ろうとした。

 しかしそれは当然のことながら徒労に終わる。


「待てと言っている。貴様だ!」

 後ろから肩を掴まれ、無理やり振り向かされた。


「な、なんでしょう……?」

 風紀委員長に顔を見られないように俯きながら、しかも声を微妙に変えて誰かわからないようにする。くそっ、身長差のせいで風紀委員長に下からのぞき込まれる形になってるのが厄介だ。


「おい、貴様! 今何時だと思ってる! 夜間外出禁止令を知らんわけではないだろう!」

 夜間外出禁止……? 一体何のこと? まだそんな時間じゃ…… げ!


 あたしは視界の隅に表示されている時計アプリの表示を見て驚いた。午後九時!

 うそ! いつの間に? あのカボチャ畑にいたのはほんの二十分くらいのはず……!


「さ、さぁ……? 何のことですか?」

 あたしは声を変えてトボけた。自分でも笑っちゃうくらい変な声だ。


「貴様、この私を馬鹿にしているのか?」

「ば、バカにしてるだなんて、とんでもない!」

 何とかしてこの窮地を切り抜けねば……! あたしの脳みそがフル回転でまわる! そうだ!


「く、クッキー食べます? 試供品ですけど」

 そう言ってカゴの中に手を伸ばした。が! カゴの中にはハンカチしか入っていない!


 しまったーっ! クッキーは全部カボチャたちにぶつけたんだった!

 再び大ピーンチ!


「貴様……この私を買収しようというのか? 面白い」

 しかし、風紀委員長の反応はそれ以前だった。


「と、とんでもない!」

 あたしはカゴの中に入れていた手を取りだして、ぱっと手のひらを開いて見せた。クッキーなど最初から渡すつもりはありませんというアピールだ。

 まあ、入ってなかったんだけどね……。


「それよりも貴様、何だその格好は? 校内では制服か、各部ごとに決められた所定のユニフォーム着用と校則で決まっているはずだが?」

「い、いや……その……」

 ヤバい。言い訳が思いつかない。確かにこの魔女コスプレは明らかな校則違反だ。


「貴様! 姓名と所属を述べよ!」

 風紀委員長はその小柄な身体のどこからそんな声が出るんだというくらい、大きな声で質問してきた。その声にあたしは思わず背筋が伸びる。

 しかし、ここで正直に答えるわけにはいかない。家庭科部の部長自らが風紀委員に検挙されたとなればシャレでは済まないからだ。


「し……」

「し?」

「失礼しまーす!」

 あたしはUターンして、そのまま猛ダッシュで逃げた。


「あ、待て! 貴様!」

 背後から風紀委員長の声が聞こえてくるが、お構いなしに全速力で逃げる。声はだんだん小さくなっていくのがわかった。牧田があたしを抜擢したのは正解だった。


 結局その後、万全を期して二時間ほど森の中に潜伏してから部室に戻った。客引きの効果がなかったので牧田をはじめ、部員たちには散々怒られた。とほほ……。

 散々な一日だったが、あのアトラクションは面白かった。明日結希奈ちゃんにはお礼を言っておこう。

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