進撃の南瓜2
動く人形を目の前にして驚かないはずがない。
しかし、あたしは冷静だった。何故なら、つい最近、動く人形を見たことがあるからだ。
あれは今から約一ヶ月前、文化祭二日目のことだった。あたしと碧が北高での住処にしている部屋の大家さんである結希奈ちゃんに誘われて、彼女たちが開いたショーレストランを見て来た。
その〈竜王部〉のお店では地下迷宮で採れた材料をもとに、結希奈ちゃんが作った“迷宮料理”に舌鼓を打ちながら劇を楽しむことができる趣向になっていた。
そこで見たのが動くぬいぐるみだった。
なんでも、錬金術のゴーレムを動かす魔術と、秘密の魔術を使ってあたかもぬいぐるみが動いているような劇を演じていたのだ。
(ははーん、これは結希奈ちゃんたちだな。ハロウィンキャンペーンのことを聞きつけてサプライズで仕掛けたに違いない)
あたしはピンときた。だから、気づかないフリをしてこのサプライズに乗ってやることにしたのだ。
「いやー、おどろいたー。まさか人形がうごくなんてー」
するとおもちゃの兵隊は気を良くしたのか、ますます背筋を伸ばした。
「市井の方々にはなるべく姿を見られないようにしているのですが、驚かせてしまい、申し訳ありません!」
「いやいや、それほど驚いたわけでもないからそんなに恐縮しなくてもいいよ」
魔女のコスプレをして廊下の隅っこにしゃがみ込んで人形に話しかける姿はどう考えても怪しい人だけど、まあ、他に誰もいないからオッケーでしょ。
「それでは、小官には任務がありますので、これにて失礼致します!」
おもちゃの兵隊は再びビシッと敬礼すると、その場を立ち去ろうとした。
その時、廊下の向こう側、あたしがさっき走ってきた方向から別のおもちゃの兵隊がやってきた。それも複数。
兵隊達は小走りであたしの前で敬礼していた兵隊の前へやってくると、兵隊達はお互い敬礼し合った。
「隊長、こちらでしたか。ご無事で何よりです」
「ああ。皆には迷惑をかけた」
ふむふむ。どうやら、あたしが蹴っ飛ばした木の人形は兵隊達の隊長という設定らしい。
あたしが納得してうんうんと頷いていると、新しくやってきた兵隊のひとつがあたしの存在に気がついたようだ。
「隊長、こちらの方は?」
「ああ。こちらは市井の方だ。私の状況を心配して来てくれたようだ」
まあ、あたしが蹴っ飛ばしたんだけどね。
「隊長、少しよろしいでしょうか」
今まで後ろの方にいた兵隊が隊長の方へ歩いて行き、何かを耳打ちし始めた。何を言ってるのかはあたしには聞こえない。どうでもいいけど、動き細かいなー。
「どうした? ……ふむ、ふむ。何?」
隊長があたしの方を見た。ただ見ているのではない。上から下まで舐めるように見渡しているようだ。
「…………!」
隊長が声を呑んだ。どうやら驚いているらしい。『らしい』というのは顔がないので表情がわからないからだ。
隊長があたしの方に向き直った。そして驚いたことに、隊長を含めておもちゃの兵隊達が全員揃ってあたしに跪いて頭を垂れた。
「失礼致しました、救世主様!」
「救世主……様?」
「はっ! 申し遅れましたが、われわれは『革命的トリート同盟』。とある怪物を狩ることを任務とする者たちであります!」
「かくめいてき……?」
頭が混乱してきたが、要約するとこういうことらしい。
この木の兵隊達――革命的トリート同盟――はこの季節に決まって現れる世界に脅威をもたらすおそるべき怪物を倒すために結成された秘密組織で、普段は人目に付かないところで活動をしている。
彼らには辛い戦いを支えるひとつの伝承があった。
それは、『黒き衣をまといし乙女が現れ、戦士たちに恵みをもたらせし時、世界から災厄が取り払われるだろう』というもの。
えらい凝った設定だけど、この設定いるのかね? けどまあ、『乙女』ってワードには惹かれる。
「乙女ってのは照れるなー。てれてれ」
あたしが照れてくねくねと怪しげな踊りを踊っていると、兵隊の隊長が「こちらです」と案内してくるのでそれについて廊下を歩いていく。
「ほほう。これはなかなか……」
昇降口で靴を変えて本校舎の外に出ると、カボチャの馬車――馬もやはり木でできてる――が待っていた。こんな大きな馬車を作るのはさぞかし大変だったろう。でもハロウィンの出し物にはぴったりだ。
「お待ち申しておりました、救世主様」
馬車の前で待っていたのは、黒い燕尾服を着た人形だ。その話し方としぐさから、じいやっぽいなーと思ってたら、顔にペンか何かで口ひげが書かれていた。ますますじいやっぽい。
うやうやしく一礼するじいやに気を良くしたあたしは、じいやに導かれるまま馬車に乗り込んだ。やがて馬車がそろそろと動き出した。
あたしは馬車に揺られて優雅な旅を――と思ったのもつかの間、すぐに馬車は止まった。
「救世主様、到着いたしました」
って、早っ! 馬車に乗ってまだ一分も経ってないよ!
カボチャの馬車の扉が開いたので、そこから降りると、じいやはすでにおらず、隊長が迎えてくれた。その後ろには先ほどよりも多くの兵隊達――ざっと三十人はいるだろう――がずらりと並んでいた。
「まもなく今年の戦いが始まります。救世主様におかれましては、われわれに加護を与えてくれますよう」
「カゴって何するの?」
「さあ……? 小官も救世主様と戦いのはなにぶん初めてのことですので……」
「イマイチ頼りにならないなぁ。まあ、これが出し物なら、そのうちヒントが出るでしょ」
なるようになるがあたしのモットーだ。碧にはよくノーテンキと言われるけど、まあそれでもいいじゃない。
「んで……」
あたしは目の前に広がる畑を見た。見える限り延々とカボチャが植えられている。
「碧のヤツ、こんなにカボチャ育ててたの? ハロウィンは今日なのに、こんなに育てたら余っちゃうじゃん」
あたしは普段、園芸部の――というか碧の方針に口を出すことはしない。食材を供給してもらう立場だし、碧のやることに間違いはないと信じているからだ。
でもさすがにこれはやり過ぎだ。碧らしくないなと思ったところで気がついた。ここって園芸部の畑じゃないのかな? 作物を育てている部は園芸部の他にもたくさんある。
そう思って周囲を見渡した。そしたらびっくり。
「うわっ……!」
そりゃ声も出るよ。だって、馬車に三十秒しか揺られてないはずなのに、あたしが立っていたのは見たこともないカボチャ畑の真ん中なんだから。
右もカボチャ畑、左もカボチャ畑。前も後ろもカボチャ畑。
どこよ、ここ?
「ここが
「ここが……?」
改めて辺りを見る。どこからどう見てもカボチャ畑だ。怪物との戦いというより、カボチャの収穫と言われた方がまだ説得力もある。
と、そんなことを考えていると――
「ん?」
カボチャ畑の中で、何かが動いたような気がした。
「んん?」
目を擦ってよーく畑の中を見てみる。やっぱり何か動いている。
「ん? ん? んんん?」
あたしが目を凝らして畑の中を見ていると突然、畑の上で大きく実っていたカボチャが一斉に動き出した。
「ギャー! カボチャが動いた!」
あたしは取り乱して叫んだが、周りの兵隊達は全く動じることなく隊列を組んであたしを守るように取り囲んだ。
「全員、抜剣!」
隊長の号令で兵士全員が腰に取り付けていた針みたいな剣を抜いた。
それを合図とするかのように、次の瞬間、一面の畑に実っていた無数のカボチャから手足が生え、一斉に立ち上がった。
「総員、攻撃開始!」
木の兵士たちと手足の生えたカボチャの怪物たちの壮絶な戦いが始まった。
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