進撃の南瓜

進撃の南瓜1

 ハロウィンの日には不思議なことが起こるという――




                      聖歴2026年10月31日(土)


 あたしの名前は翠。山川翠やまかわみどり。北高の三年生で、家庭科部の部長だ。

 家庭科部といってももっぱら料理ばかりをしている。今年の春まではそんなことはなかったんだが、今年の春にとある大事件があってからは、部の方針として料理に特化した活動となった。


 大事件とは、もちろん北高の封印騒ぎだ。


 あの日――確か土曜日だった――に部活動をしていた生徒全員が学校から出られなくなった。もちろん、外から入ってくることもできない。理由は知らない。

 ただ一つわかることは、外との行き来ができなくなると、とても困るということだ。どのレベルで困るかというと、餓死するレベルで。


 それがわかったときに、校内は大騒ぎになった。北高に給食制度はなく、各自でお弁当を持ってくるか、購買で食べ物を買うか、食堂で食べるかの選択肢があったが、あいにくの土曜日で購買も食堂も閉まっていた。もちろん、お弁当なんてものは一食しかもってこないのが普通だ。だから、大騒ぎになった。


 その時立ち上がったのがあたし達、家庭科部だ。少しの材料の蓄えがあったから、それを調理して残された生徒達に提供した。その後、園芸部が野菜を作り出し、地下の迷宮で肉が採れるようになって食糧問題はひとまず解決した、というわけだ。


 今は腹を満たすだけではなく、よりおいしく、より楽しい食生活を追求している。

 あたしは料理が好きだ。家庭科部の部長をやってるくらいだから当たり前っていえば当たり前なんだけど、とにかく料理が好きだ。


 あたしは小さな頃から明るい――悪くいえば『騒々しい』だが、ここは好意的に見て欲しい――と言われてきた。楽しいことが大好きだ。自分だけでなく、周りの人も楽しく笑っているのが好きだ。


 もともと、料理は双子の姉の碧が始めたことだった。お母さんに教えられながら料理をして、それがお父さんやお母さんを笑顔にしていたのを見てあたしも料理をはじめ、すぐに碧以上にハマってしまい、今に至るというわけだ。


 ところで、そんな周りの人の笑顔が好きなあたしだけど、今非常に困っていることがある。

 それは、校内全体の雰囲気が暗く落ち込んでいることだ。


 その原因はもちろん、今から一ヶ月ほど前に起こったドラゴンの登場だ。


 詳しいことは知らないが、その騒ぎで多くの生徒達が亡くなったり、大けがをしたりした。外に助けを呼べないから、自分たちで全て何とかした。治療も、埋葬も。

 当たり前だけど、その影響はまだ大きく残っている。親しい人が亡くなったんだから当然だ。すぐには立ち直れないと思う。


 でも、いつまでもそれじゃダメだと思うんだ。少しでも前に進んでいかないと。あたし達みたいに、比較的ダメージの少ない人が引っ張ってあげないといけないって思う。


 だから、あたしは家庭科部の部長として、いくつかの飲食系の部と合同でキャンペーンをすることを提案した。


 普段はライバルとしてしのぎを削っているそれらの部の部長たちは、あたしの提案に二つ返事で乗ってくれた。手強いライバルだけど、いい子たちばかりだ。

 生徒会や風紀委員会にも話は通した。風紀委員長はいい顔をしなかったけど、ジンシンのコウハイはチアンのテイカに繋がるって生徒会長が説得したら、渋々許可してくれた。


 風紀委員長には過度な商業化は慎むようにと言われたが、そんなことは知ったことではない。どうせやるなら勝たなきゃね!


 おっと、何をするのか言ってなかったね。


 今日は10月31日。世間的にはハロウィンだ。というわけで、参加する部はハロウィンにちなんだメニューを出して、給仕する部員たちはハロウィンらしくいろんなコスプレをする。中止になった文化祭のリベンジという面もある。


 というわけなので、あたしは今、とんがり帽子に黒いマントという、典型的な魔女の格好をしている。


「トリックオアトリート!」

 ふふ、似合ってるでしょ?




「というわけで、“ハロウィンキャンペーン”開始だよ。キャンペーンっていっても、いつもとやることは変わんないから、気負う必要はないからね」

「はい!」


 まだ夜も明けぬ朝六時半。家庭科部が使っているいくつかの教室のうち、メイン店舗となるレストランの中で、いつものように朝礼を行う。あたしの言葉にいつもとは異なりさまざまなコスプレをした部員みんなが元気よく返事してくれる。あたし達に元気がないと料理もおいしくないっていつも言い聞かせてるからみんな元気だ。


「それじゃ、開店準備!」

 同学年の牧田の声で部員たちが持ち場につく。家庭科部の店舗はいくつもあるので。教室に出て行く生徒も多い。あたしも今日はカフェの当番だからレストランから出ようとしたとき、さっきの牧田に声をかけられた。ちなみに牧田はミイラの格好をしている。碧ほどじゃないけど牧田は結構胸が大きいので、なかなか刺激的な格好だ。


「翠はこれね」

「へ?」


 牧田はあたしに片手で持てるサイズのカゴを手渡した、そこには何か入っているが、ハンカチがかぶせてあるので何が入っているかは今はうかがい知ることができない。


「何これ?」

「試供品」

「しきょうひん……?」

「試供品ってのは買ってもらう前に試しに食べてもらうサンプルのことで……」

「いやそれは知ってるって」


 ハンカチをめくってみると、昨日家庭科部のみんなで大量に作ったカボチャのクッキーが中に入っていた。ジャック・オー・ランタンの形をしている。

 なるほど。これなら持ち運びしやすいし歩きながらパクつける。試供品にはもってこいだな。


「昨夜、一、二年生たちと相談したんだよね」

「何を?」

「みんな、文化祭と違って、今日あたし達がハロウィンやってるって知らないんじゃないかって」

「ああ、確かに。それで?」


「だからさ、これをあんたに配ってもらって、ハロウィンキャンペーンのことを宣伝してもらいたいなって」

「それはわかるけど……」

 あたしは教室の中を見た。部員のみんながせわしなく開店準備を進めている。


「何であたしなん? もっと他にかわいい子いるじゃん。戸川とか、伊藤とか、本田とか」

「あんたが一番足が速いからよ」

 ああ、なるほど。風紀委員に見つかったら全力で逃げろってことね。


「わかった。任せてよ」

「まーかーせーたー」

 牧田に見送られてあたしは教室を出た。




「とは言ったものの……」

 意気揚揚と客引きに出かけたあたしだったが、早速途方に暮れていた。


「誰もいないじゃなーい!」

 考えてみれば当たり前だ。まだ家庭科部あたしたちのレストランすらオープンしちゃいない早朝だ。家庭科部の早朝営業でのモーニングを食べてから活動する部も少なくない。この時間に人がいるはずがないのだ。


 しかしそれで何もせずにまごついているわけにはいかない。この時間でも誰かいるはずだ。あたしは人影を探してその第一歩を踏み出した。


 踏み出したのだが――


 かこぉ――――――――んという軽い音とともに、あたしは何かを蹴っ飛ばしてしまった。

 あたしが蹴っ飛ばしたは廊下を十メートル以上もすっ飛んでカラコロと転がって廊下の奥の壁にぶつかって止まった。


「あちゃー、なんか蹴っ飛ばしちゃったよ」

 誰かが落としたものなのだろうか、あたしは慌てて誰もいない廊下を蹴っ飛ばしてしまった何かの所へと駆け寄っていった。


「……って、人形?」

 それは、木でできた人形だった。関節部分が動くようになっていて、持つと手足が動いてぶつかり、カラコロと気が当たる音が聞こえる。


「ごめんねー、蹴っ飛ばしちゃったよ」

 あたしはそう言いながら人形を持ち上げて、廊下の窓の桟に置こうとした。独り言だったはずなのだが――


「いえ、自分こそ周囲の警戒を怠っていました。軍人失格です」

「だ、誰!?」


 辺りを見渡すが、早朝の校舎内には誰もいない。今日のハロウィンキャンペーンをともに行う他の部が使っている部屋からは朝の準備の音が聞こえてくるが、廊下に誰かが出てくる様子はない。


 あたしが人形を持ってきょろきょろ辺りを見回していると、再び声がした。

「申し訳ありません。小官は大丈夫ですので、離していただけると」

 声は手元からだった。正確には、掴んでいる木の人形からだ。


「うひゃぁぁぁっ……!」

 変な声が出た。あたしが人形を放り投げると、木の人形はくるりと空中で一回転して見事に着地した。そして小さな手をやはり小さな頭の前に持ってきた。敬礼だ。


「ご迷惑をおかけしました」

 赤い服に長くて黒い帽子を被った、見たことのある外国の兵隊の格好をした木の人形がびしりとあたしに挨拶をした。

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