木から落ちた猿3

                      聖歴2026年10月22日(木)


 目が覚めた。部室の中はまだ真っ暗だ。視界の隅に表示されている時計は午前四時。夜明け前だ。


 辺りを見渡す。部室の中は明かりもなく、ほとんど何も見えない。

 部室には彼ひとりだ。斉彬はすでにおらず、徹も剣術部に行ったきり帰ってこない。


「夢……だったのか……」

 先ほどの不思議な夢を思い返した。中止になった文化祭の四日目で、徹と斉彬さんが演奏をして、隣に瑠璃がやってきて……。


「…………!!」

 そこまで思い出したところで、ベッド代わりに使っている椅子を組み合わせた寝床から慌てて起き上がった。その時、メリュジーヌも目覚めたようだ。


『ん……。どうしたんじゃ……? まだ夜明け前ではないか……』

 半分寝ぼけたような様子のメリュジーヌに慎一郎が切羽詰まったような言葉を投げる。

「松阪さんだ! ヴァースキが来てから一度も見ていない! 何かあったのかもしれない。助けないと!」


 しかし、メリュジーヌは寝起きなこともあってあくまで暢気だ。

『ふわぁ~。あのサルか? おおかた、地下に引きこもっておるのじゃろう。どのみち、“申”のほこら再建のために近いうちに赴かねばならぬのだ。そう急がずとも……』


 再始動初日に四つのほこらを再建した慎一郎たちだが、その後は地下迷宮の至る所に崩落が見つかって再建は難航していた。あれから一週間余りが経過したが、地上にある“うま”のほこらを再建したのみである。


「あの巽さんだって大変な目に遭ったんだ。松阪さんに何もないとはとても思えない! それに、夢で俺を呼んでたって……」

『それがサルの助けを呼ぶメッセージじゃと……?』

 メリュジーヌはようやく慎一郎の話を聞く気になってくれたようだ。


「ああ。初めて松阪さんに会う前も何度かああいう夢で呼びかけられた。今度ももしかして……」

『そこまで言うのであれば今日からは“申”のほこらを目指せば良かろう。部長はそなたじゃ。反対する者はおるまい』


「ありがとう、メリュジーヌ」

『しかしそれよりも……』

 メリュジーヌの意識が部室の窓の方へ向いたのがわかった。


『まだ早い。しっかり朝まで眠り、体力を温存せい』

「……そうだな、わかった」


 そのままメリュジーヌは眠りに落ちたようだが、慎一郎は瑠璃のことが心配でそのまま朝まで眠れなかった。

 この日から〈竜王部〉は“申”のほこらを目指して地下を進むことになる。

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