木から落ちた猿2
徹たちの演奏はなかなかのクオリティだった。慎一郎が聞いたことのない歌だったが、おそらくオリジナルの楽曲だったのだろう。いつ練習したのか全くの謎だ。
一曲目が終わって拍手が沸き起こる。その拍手が終わるのも待たず、徹のトークが始まった。
「どうもー。KURIYAMAアンドシスターズです! 俺たちは〈竜王部〉のメンバーで……」
徹がメンバー紹介を始めた。徹の紹介に応じてちょっとしたソロプレイを披露する結希奈や楓の姿を見て、慎一郎は一抹の寂しさを覚える。
気がつくと全体の半分ほどしか埋まっていなかった客席は全て埋まり、それだけでなく立ち見客で溢れている。徹の呼びかけに「おー!」などと一斉に答え、ボルテージが上がっているようだ。
そこで慎一郎はふと、違和感を覚えた。
おかしい。北高にこんなに人はいないはずだ。
体育館というものは、全校生徒が集まって集会できるほどの大きさで作られている。ましてや今の北高は全校生徒が揃っているわけではない。せいぜい百数十人のはずだ。しかし体育館内にはそれ以上の人が集まっているようにも思える。これは一体……。
その間にも徹のトークは続き、体育館内を盛り上げている。
「それじゃ、次の曲行くぜ!」
観客達のボルテージはさらに上がっていく。客席が真っ暗な上に周囲が騒がしすぎて鼻をつままれてもわからないほどだ。
徹がスティックを鳴らして次の曲に入るその時――
「ちょっと待った――――っ!!」
客席の歓声が一瞬にして消え去り、代わりにざわめきが湧き上がる。
何が起こったのかという周囲の観客達の疑問はスポットライトによって解消される。
徹達を照らしていた照明が消えて代わりにスポットライトが側方にある扉の方を照らした。
「うげ……」
慎一郎は思わずうめき声を漏らした。体育館に入ってきたのは大きなキーボードを肩に担いだ大柄な男子生徒と、真っ赤に塗られたギターを持った女子生徒――斉彬とこよりだ。
二人は悪魔っぽいメイクをしている。ライブの邪魔をする悪役バンド……なのだろうか。慎一郎がうめいたのはこのためだ。
斉彬とこよりは舞台の方へと歩いて行く。ご丁寧なことにスポットライトも追随して彼らを照らし続けている。
二人が舞台の上に上がると舞台の照明が戻った。斉彬は舞台の中央に設置してあるマイクまで歩いて行くと、そこに立っていた結希奈はすっと後ろに下がって斉彬にマイクを譲った。
「栗山! このライブはオレ達『こよりバンド』がいただいた! 最優秀グループに送られる賞金十万北高円はオレとこよりさんで山分けだ!」
「来たな、デビル斉彬! いつも俺たちのライブを横取りしにやってくる悪のバンドめ! 今日こそ正義の音楽の力でお前達を倒してやる!」
「なんじゃこりゃ……」
斉彬と徹のやりとりに慎一郎の顔が渋くなる。ツッコミ所だらけの寸劇である。おまけに酷い棒読みだ。
「おほほほほほほほ! わたしたちの悪のメロディをお聴きなさい!」
今度はこよりだ。こよりは高笑いをすると頭を大きく揺らしながらギターの演奏を始めた。演技とは裏腹にそれはプロ顔負けの超絶テクニックで、ここから見て指の動きがわからないほどだ。
「すごい……。細川さんにあんな特技があったなんて……」
興に乗ったのか、こよりはギターの演奏をしながら跪いてギターを掲げた。ちょうど顔の位置で演奏をしている。
周囲の観客が騒ぎ始めた。
「おい。あれ、歯で弾いてないか?」
「ホントだ。おい、マジかよ。スゲー!」
よく見ると、こよりはギターをただ手で持って顔の近くで掲げているだけなのにギターの演奏は続いている。本当に歯で演奏しているのだ。
こよりの演奏に合わせて手拍子が起こり、こよりコールが発生する。
演奏が終わると同時に観客達の興奮は最高潮に達した。彼らの心は後から現れた悪の『こよりバンド』にすっかり奪われてしまったようだ。
「どうだ、オレのこよりさんの演奏は。スゲーだろ」
「斉彬くんのじゃないけどね」
などという彼らのやりとりに徹は歯噛みをしていたが、不意にふっと表情を和らげた。楓が徹の方を向いて目配せする。
「ふっ、斉彬さん。俺たちに何の策もないと思っているのか?」
「なんだと……!?」
「バイオリンソロ、ゴー!」
徹のかけ声とともに楓がどこからかバイオリンを取り出して弾き始めた。しかも早弾きだ。その腕前は先ほどのこよりのギターと比較しても勝るとも劣らない。
「こっちもすげーぞ」
観客達の中にどよめきが沸き起こる。
目に見えないほどの指捌きに今度は斉彬が悔しそうに地団駄を踏んだ。しかしそれを彼のパートナーが救う。
楓のギターソロに合わせるようにこよりがギターを弾き始めたのだ。バイオリンとギターのセッションにさらに盛り上がる観客たち。
そこにさらに新たな音色が加わった。楓に加勢せんと結希奈もギターで加わったのだ。女子生徒三人の演奏に観客たちはこの日最高の熱狂を見せる。
そこにさらに奏者が加わった。徹と斉彬が目配せをして同時にドラムとキーボードが加わった。斉彬はここで初めて腕前を見せたのだが、これも慎一郎が舌を巻くほどうまい。
自分以外の〈竜王部〉全員が舞台の上で演奏をしている――
仲間たちが注目を浴びている誇らしさとそこに自分が含まれていない寂しさ。そういった感情がない交ぜになって彼らの演奏を見ていると、それまで空席だった隣の席に誰かが腰掛けた気配があった。
「楽しんでくれた、ダーリン? これ、あたしがプロデュースしたんだよ。驚いたでしょ?」
突然耳の側でそんなことをささやかれたものだから、思わずのけぞってしまった。
それから、恐る恐る声の主を見る。
「ま……松阪さん?」
「うふふ……。そう、あたしでーす!」
そう言いながら瑠璃は抱きついてきた。慎一郎は周りの目を気にしたが、周りの観客たちは演奏に夢中になっていて、誰ひとりとして彼らに興味を示していない。
「ちょ、離して……! というか、どうしてここに? 松阪さんがプロデュースって?」
瑠璃は慎一郎から離れ、恥ずかしそうにもじもじする。
「だって……ダーリン、あたしがずっと呼んでるのに全然気づいてくれないんだもん」
「呼んでる? きみが? おれを?」
「そうだよ。こうしてる間にもあたしは“申”のほこらに押しつぶされて……ああっ、ダメ! 接続が切れちゃう……!」
そのまま瑠璃はまるで霧が晴れるようにかき消えてしまった。それと同時に徹たちの演奏も観客たちの完成も、それどころか周囲の全てが少しずつ薄くなって消えていく。
「ま、待って……!」
慎一郎が手を伸ばそうとするが、身体が重い。いや、彼自身の手もかき消えるように、やがて彼自身も――
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