木から落ちた猿

木から落ちた猿1

                      聖歴2026年10月4日(日)?


 慎一郎が目を覚ましたとき、すでに外は明るかった。視界の隅に映し出されている時計アプリの表示を見ると、もう昼近かった。

 昨日の剣術部の出し物、モンスターとの戦いを見て触発された慎一郎は、夜遅くまで剣を振り回していたのだ。


 


 〈竜王部〉は今日まで自由行動となる。だからヘトヘトだった慎一郎は目覚ましもかけずに眠った。そうしたら起きたら昼だった。

 〈副脳〉の様子を探ると、メリュジーヌもまた惰眠を貪っているようだ。


 慎一郎はまだ重い身体を椅子を並べてベッド代わりにしているそこから起こす。

 部室はカーテン越しに差し込む日の光によって薄暗い。慎一郎の他には誰もいなかった。斉彬も徹ももう出かけてしまっているのだろう。

 慎一郎も置きだした。大きく伸びをして朝――とは言い切れない昼の空気を大きく吸い込む。


「よく寝た……」


 今日、文化祭の四日目は主に体育館での出し物が行われる。

 演劇部や吹奏楽部、合唱部などが主役となるだけでなく、有志による出し物も多く行われているらしい。


 今日、慎一郎は誰とも約束をしていなかった。完全なるフリーだ。

 とはいえ、出し物はほとんど体育館で行われるわけだから、そこに行かないという選択肢は存在しない。


 部室に置いてあるお菓子を口に入れて軽く腹ごしらえをすると、制服の上着を羽織って外に出ようとする。


 と、その時、部室の中の大机の上に何かが置いてあるのを見かけた。

「チラシ……?」


 そのチラシには『KURIYAMAアンドシスターズライブ』と書かれていた。

「KURIYAMA……? 徹か!」

 徹が今日の文化祭四日目に参加するなんて話は聞いてなかった。というか、おれ達がショーレストランの準備をしてる間にあいつ、こんなことやってたのかよ……。


 ため息をついた。二日目に行われた〈竜王部〉のショーレストラン。大盛況のうちに終わったそれは、徹はコラボレーションや人の手配などの裏方に徹しており、ショーレストランの準備にはあまり関わっていなかった。このところ、あまり顔を出さないと思ったら、有志――しかも女の子ばかり――を集めてバンドを結成していたとは。


「まったく、あいつらしいな」

 チラシをよく見ると、絶叫する徹の顔が大写しになっているために、『シスターズ』とやらが誰なのかはわからない。徹のことだからいろんな所から知り合いの女の子を集めてきているのだろう。


 下の方にはカッチリしたフォントで『開催:午後一時から』と書かれていた。

 もう一度時計を見ると、開催にはまだ時間がある。

 少し早いが、出し物自体は朝早くからやっているはずだ。体育館に行ってみよう。


「おい、メリュジーヌ、起きろ。もうすぐ昼だぞ」

『むにゃむにゃ……そのドリアはわしのじゃ。そっちのパエリアもじゃ。むにゃむにゃ……』


「まったく、お前って奴は……」

 笑いながら〈副脳〉のケースを肩に掛けて部室を後にした。




 体育館の中にはずらりと椅子が並べられており、半分くらいが埋まっている。体育館は全体的に照明が落とされ、舞台だけが明るく照らされており、そこでは背が高い男子と背の低い男子、二人の男子生徒が何か話している。


「せやかてセバスチャン」

「誰がセバスチャンやねん!」

 小柄な生徒が長身の生徒を手で持っていたハリセンで叩くと、パチィンという乾いた音が帯域間に響き渡り、続いて観客達の笑い声が沸き起こった。


「もう、やっとれませんわー」

「どうも、ありがとうございましたー」

 二人が深々と頭を下げると観客から拍手が沸き起こった。二人は嬉しそうな笑顔を浮かべながら舞台袖へと下がっていく。


『続いては、テニス部バレー部有志による寸劇、ロミオとジュリエットです』

 舞台の幕が下がり、そういったアナウンスのあと、再び幕が上がると劇の舞台が用意されていた。


「ああ、ロミオ……。あなたはどうしてロミオなの……!?」

 バルコニーの上に立つ純白のドレスを着た女子生徒が、バルコニーの下に立つ黒いスーとを着た長身の女子生徒――あれはバレー部の松井ではないだろうか――に切なげに言葉を投げかける。


 入り口で受け取ったプログラムによると、この時間は有志による出し物が行われているらしい。徹の出演もこのカテゴリに含まれる。

 どうやら、かなりのチームが今日の文化祭四日目のために出し物を用意していたらしい。慎一郎も一日目でやった人形劇を再演しても良かったのではないかと思った。とはいえ、今となっては後の祭りでしかないのだが。


 そんな調子で次々と出し物が行われていった。

 着物を着た男子生徒の落語、女子生徒数人によるハンドベルの演奏、舞台の上にカンバスを置いてその場でリクエストを受けて絵を描くなんていう変わり種もあった。


 それらの出し物をなんとなく見ていると、ついにその時間になった。


『続きましては、有志による演奏。KURIYAMAアンドシスターズライブです!』

 一時的に照明を落とされていた舞台の上に数人の人影がうっすらと見えた。徹と、彼が集めてきたバンドメンバー達だろう。彼らが舞台上で忙しく動き回り、やがて所定の位置について動きが止まった。


「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 男子生徒の声とドラムのスティックを鳴らす音が四回鳴り、演奏が始まると同時にステージの照明が止まった。


「……結希奈! それに今井さんも……!?」

 舞台の上、徹が演奏するドラムの前で二人背中合わせに半身になってギターを奏で、ツインボーカルで歌うのは〈竜王部〉の女子二人、高橋結希奈と今井楓であった。

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