竜王部再始動4

                      聖歴2026年10月13日(月)


「そうか。ああ、ああ。こっちは大丈夫だ。気にするなって。ああ。何かあったらすぐに連絡してくれ。ああ。わかった。それじゃ、がんばれよ」

 〈念話〉が切れたとき特有のノイズのような音を残して接続が切れた。


「栗山、やっぱり来れないって?」

「ああ。もうしばらく剣術部の面倒を見るって」

「しょうがないわよ。剣術部もいろいろ大変みたいだし」

「それじゃ、行きましょうか。ずいぶん数も減ってしまいましたが、がんばりましょう」

『うむ。こうして皆でここに立つのも久しぶりじゃの』


 十月十三日。一週間の休養期間を経て、〈竜王部〉は晴れて顧問である辻綾子の承認を得て活動を再開した。

 一行が立っているのは北高の南東の端。慎一郎と徹、結希奈の三人が初めて地下迷宮へと立ち入った“子”のほこらだ。


『それにしても……』

 メリュジーヌがこれから地下に入ろうとする一行を見渡す。


 慎一郎、結希奈、こより、楓。いつもの制服姿は地下迷宮に入るときの姿だが、慎一郎の腰には左右に四本ずつ、合計八本の剣がぶら下がっている。四本が旧来の〈エクスカリバーⅡ〉で、四本が新しい〈エクスカリバーⅢ〉だ。一見重そうに見えるが、〈エクスカリバーⅢ〉には重量軽減の魔法がかけられているので見た目ほどは重くない。


『ハーレムじゃな』

「なっ……!」

「な、何言ってるのよ! 今井さんはともかく、あ、あたしは慎一郎のことなんて、なんとも思ってないんだからね!」

 メリュジーヌの爆弾発言に最も強く反応したのは結希奈だ。顔を真っ赤にしてムキになって否定する。


「わたしは斉彬くん一筋だから、ハーレムには入れないでね」

「こ、この人は……」

 まるで惚気るようにニコニコと笑うこよりの姿に、思い人をなくした悲しみは感じられなかった。




「来ます! 二体、三体……え、えええっ!? い、いっぱいです!」

 通路の奥から次々と突進してくるモンスターの群れに楓が悲鳴を上げつつ、それでも役割を果たさんと矢を射った。


 ――ンモォォォォォォォ……!!


 先頭の一頭が楓の矢を額に受けて倒れる。しかしあっという間に後ろから押し寄せてくるウシの一団に飲み込まれて見えなくなった。


「炎よ!」「炎よ!」

 結希奈とこよりの炎の魔法が次々と炸裂してウシを燃やすが、彼女たちが唱えた魔法の数よりも押し寄せてくるウシの方が圧倒的に多い。焼け石に水でしかなかった。


「ダメ、間に合わない! 慎一郎、逃げましょう!」

 結希奈が悲鳴を上げるが、仲間達を守るように先頭に一人立つ慎一郎は涼しい顔だ。


「大丈夫。任せて」

 慎一郎は両手に持っていた剣を鞘に戻し、腰に装備されている八本の剣のうち一本を取り出した。


 柄をくるっと半回転させると、カチッと何かが填まったような音がした。同時にめまいに近い独特の感覚。精神力が吸い取られる感覚だ。

 それに流されることなく意識を集中し、迫り来るウシの群れを見据え、両手で〈エクスカリバーⅢ〉を振るう。


「ふん……!」

 その瞬間、轟音とともに慎一郎の前方二メートルほどの所に圧縮された空気が発生し、前方に向けて注射器から押し出された薬液のように空気の刃が射出された。


 ――モォォォォォォォォォォッ!


 空気の刃は狭い通路に殺到していたウシ達を切り刻みながら吹き飛ばしていき、気がつけばあのウシの群れは綺麗さっぱり押し流されていた。


「すごい……」

 こよりが驚嘆の声を上げる一方、当の慎一郎は肩で大きく息をしていた。


『愚か者。威力を加減せんか。強力すぎる攻撃は己をも滅ぼすと知れ』

「まだ……うまく……加減がわからなくて……」


 〈エクスカリバーⅢ〉に付与されている魔法効果は市販されている魔法のようにリミッターが付いているわけではない。その気になればいくらでも強力な魔法を繰り出すことができるが、自分のキャパシティを越える魔法を使ってしまうと意識を失うどころか、下手すると命までも失いかねない、文字通りの諸刃の剣なのだ。


「でも……おかげで早く終わりそうだわ。ここからはあたしの仕事だから、慎一郎はそこで休んでて」

「助かる……」


 結希奈は通路の奥の方へと走っていった。その後ろをまるで神輿のように神棚を担いだ二体のゴーレムがついて行く。その奥にある“丑”のほこらを再建するのだ。


 地下迷宮南西にある大広間にいる暗黒竜ヴァースキにかけられている石化魔法を少しでも長持ちさせるため、彼のものに破壊された十二のほこらを再建するのが、小さな巽に与えられた〈竜王部〉の新しい目的だった。

 半年かけて再建したものをまた一からやり直すことにウンザリした気分がないわけではなかったが、〈守護聖獣〉の不在とすでによく知った場所であること、そして何より慎一郎達の大きな成長によって思いのほか作業は進み、まだ昼前だというのに“子”と“丑”のほこらの再建が終了した。


「終わったわよ。次、行きましょう」

 通路で休んでいる慎一郎達の所に結希奈が戻ってきた。


「ちょうどいい時間だし、ここでお昼にしたらどうかしら?」

『おお! 良い提案! さすがはコヨリじゃ!』

 メリュジーヌの一際明るい声が迷宮内に響く。〈竜王部〉の再始動は順調に進んでいるように思われた。

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