竜王部再始動2
誰もいなくなった中庭で慎一郎は姿勢正しく正座をして、集中力を高める。
木陰の下に敷かれたシートの上に座る慎一郎の前にはやはりシートが敷かれており、その上には幾本かの片手剣が並べておかれている。
剣身が銀色の〈エクスカリバーⅡ〉が六本に先ほど姫子から受け取った剣身の黒い〈エクスカリバーⅢ〉が四本。
『さあ、特訓の時間じゃ』
「特訓? 辻先生からは一週間しっかり休養しろって言われてるけど……」
『そうじゃな。わしも休養には賛成じゃ。じゃが、肉体を休ませながらでもできることはある』
メリュジーヌのアバターは並べられた八本の剣をちらと見る。
『アヤコは激しい運動をするなと言ったが魔法を使うなと言ってはおらん』
「またそういう屁理屈を……」
『屁理屈などではない! 時間の効率的な運用じゃ!』
「はいはい、わかりましたよ」
秋の心地良い風が慎一郎の頬をくすぐる。木々の葉がそよ風に揺られる音以外は音らしい音は聞こえない。集中する彼の世界には今、自分自身と〈副脳〉にいるメリュジーヌしか存在しなかった。
『よし。剣をまずは二本持て』
目を開いて目の前に置かれている黒い刀身の剣〈エクスカリバーⅢ〉をじっと見る。
魔力を練り上げて、自分の肩からもう一対の腕が生えてくるイメージ。
仮想の筋肉を動かし、腕を伸ばして真新しい剣をつかむ。
重さは感じないが、魔法で作り上げた仮想の腕から寄せられる魔術的なフィードバックから剣の重さを理解することはできる。
剣を持ち上げた。持った感じは〈エクスカリバーⅡ〉とほとんど変わらない。初めて持ったにもかかわらず、今まで長い間使っていたかのようにしっくりとくる。
さすがは外崎さんだと、慎一郎は素直に自分の剣を鍛えてくれた上級生を賞賛した。
重くも軽くもない。自分の仮想の腕と一体したような使いやすさだ。
〈浮遊剣〉で持っている二本の剣を代わる代わる振ってみる。全く違和感はない。思った通りに動く。
『うむ。問題はなさそうじゃな。よい剣だ』
メリュジーヌが頷いた。小学生みたいなアバターだが、その目は本物だ。
『ではもう二本持て』
これまでの地下迷宮探索で慎一郎は〈エクスカリバーⅡ〉を不可視の腕で同時に三本まで持って戦ったことはある。文化祭で“鬼”が暴れたときに四本を同時に操ったが、あれはこれよりもずっと軽い、剣術用の市販の剣だ。
「……………………」
意識を目の前に置かれている黒い剣身の〈エクスカリバーⅢ〉に向ける。それらは慎一郎の思ったとおりにふわりと浮かび上がった。
が――
少し離れた所でカランという乾いた音が聞こえた。
それまで掴んでいた二本の剣を取り落としてしまったのだ。
『持とうとする二本の剣に集中しすぎるからじゃ。四本の剣に均等に注意を保て』
「……わかった」
言われたとおりにするが、なかなか難しい。
こちらの剣を持とうとするとあちらの剣が疎かになる。
またうまく持てたとしても剣同士の連携がうまく行かず、剣がぶつかってしまって思い通りに動かないことも多い。
『〈副脳〉を使わずとも四本までは同時に扱えるはずじゃ。あとは慣れじゃな』
「…………わかった」
そうして三十分ほど鍛練を重ねると少しずつ要領を得て、四本の剣を同時に扱えるようになってきた。
第三者には木陰に腰掛ける男子生徒の前で宙に浮かぶ四本の剣がヒュンヒュンと飛び続ける様子が見えるだろう。
そうしていると、彼の正面に並べておかれている残り六本のうち四本の銀色に光る剣――〈エクスカリバーⅡ〉がふわりと浮かび上がった。
四本の〈エクスカリバーⅡ〉は慎一郎から十メートルほど離れたところで剣先をこちらに向けて静止した。
『演習じゃ』
メリュジーヌがにやりと笑ったかと思うと、〈エクスカリバーⅡ〉が猛スピードで襲いかかってきた。
「……………………くっ!」
慎一郎が咄嗟に防御態勢を取る。
矢のように飛んでくる〈エクスカリバーⅡ〉を自分が操る〈エクスカリバーⅢ〉ではじき落とそうとするが、矢とは異なり自在に軌道を変え、しかも微妙にタイミングをずらされているそれは慎一郎の〈エクスカリバーⅢ〉を難なく躱して慎一郎の元へと殺到する。
一瞬後には〈エクスカリバーⅡ〉が四本ともぴたりと慎一郎の喉元に突きつけられていた。
「……………………」
『甘いな。そんな直線的な動きで止められるほどわしの剣捌きは甘くない』
慎一郎の顎を汗がつたう。遠くでかすかに作業中の生徒の声が聞こえてきた。
演習はなおも続いた。
あるときはメリュジーヌの〈エクスカリバーⅡ〉をはたき落とそうとした慎一郎の〈エクスカリバーⅢ〉が逆にたたき落とされ、またあるときは慎一郎の〈エクスカリバーⅢ〉がメリュジーヌに乗っ取られ、八本の剣に周りを囲まれた。
「……っ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
木陰でシートの上に腰掛けていた慎一郎が大きな息をしてひっくり返った。慎一郎本人は座っていただけだったのだが、精神力を多大に消耗し、全身が汗だくだ。
『もう終わりか?全く情けない』
対するメリュジーヌはけろりと涼しい顔だ。
「はぁっ、はぁっ……。辻先生には……休めって……言われてたのに……。どうしてこんなことに……」
『そう言えばそうじゃったの。すっかり忘れておった』
「おまえなぁ……」
『つい、興が乗ったのじゃ。許せ』
そのまま木陰で息を整えていると慎一郎のお腹がくぅ、と鳴った。
『腹減ったの』
「そうだな。昼飯でも食べに行こうか」
『うむ、良いアイデアじゃの。今日はチンジャオロースとやらが食いたいぞ』
「はいはい」
『いや待て。ゴーヤーチャンプルーも捨てがたい』
「どっちかにしろよ。両方はなしだからな。行くまでに決めておけ」
『ううむ、チンジャオロースか、ゴーヤーチャンプルーか、それが問題じゃ』
北高の食事事情もかなり改善された。今やよっぽどのものでない限り校内で食べることができると言ってもいいだろう。
「よっこいしょ」
立ち上がり、あたりに散らばっている八本の片手剣を拾い集めて片付ける。〈エクスカリバーⅡ〉は専用の鞘にいれ、〈エクスカリバーⅢ〉にはまだ鞘がないのでそのまま持っていきことにした。
「よう、慎一郎」
そこに徹が通りがかった。徹はいつもの制服姿で気安くこちらに歩いてくる。
「こんな時まで特訓か? 辻先生から休めって言われてるのに、お前って意外と反抗的なところあるよな」
「違うって。こいつが……」
そう言って慎一郎がそれまでメリュジーヌのアバターがいた方を見るが、彼女のアバターはいつの間にか消えていて影も形もない。
「まったく、あいつは……。で、お前は何してるんだ?」
「俺か? 俺は
文化祭での騒動で最も大きな被害を受けたのは剣術部だ。彼らは今でもヴァースキが石となって固まっている大広間の隅にある部室にいる。
「それじゃあな」
「ああ、秋山さんによろしくな」
「おう」
慎一郎と徹は拳を突き合わせて別れた。
『メシじゃメシじゃ!』
「シャワーが先だ」
『なんじゃと!?』
などというやりとりを聞いて、徹は口の端を上げて地下の剣術部部室へと向かった。
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