竜王部再始動

竜王部再始動1

                       聖歴2026年10月5日(月)


 昼下がりの本校舎と特別教室棟の間――中庭はとても静かだ。普段ここで作業している外崎姫子とのさきひめこが今は鍛冶の作業を行っていないからだ。


「え、〈エクスカリバーⅢ〉試作品四本、できた……できました」

 姫子がたった今できたばかりの剣身が黒光りする剣を四本、慎一郎に渡した。


「これが……〈エクスカリバーⅢ〉」

 その見た目は今まで慎一郎が使っていた〈エクスカリバーⅡ〉と比較してほとんど変わらないが、剣身が黒くなっていることと、表面に刻まれている魔術的な装飾がより細かくなっていることが異なる。


 この半年間の地下迷宮での探索の集大成ともいえるものだ。

 材質は試行錯誤の末にこよりが調合した硬くてしなやか、かつ魔力を通しやすい素材になっており、それを姫子が丹念に鍛え上げたおかげで攻撃力は倍増している。さらに今回は装飾まで彫り込んだ。


 ここに、結希奈が切れ味の良くなる加護をかければ完成だが、今回の〈エクスカリバーⅢ〉はひと味違う。


「属性が変わる……?」

「そ、そう……。こっちを握ったときと、こっちを握ったときで、剣に付与される魔法が変わる」

 そう言って姫子はできたての〈エクスカリバーⅢ〉の柄をくるりと百八十度回転させた。


『なるほど。柄の部分に一種の魔法陣が書いてあるのじゃな。魔法陣を握ることによってその働きが阻害されたり活性化されてふたつの属性を切り替えられるというわけか』

 メリュジーヌの話に姫子はこくりと頷いた。


「だから、敢えてこの魔法陣に手をかけないように持つと――」

 姫子は剣の柄近くを持った。


「何の属性もない、〈エクスカリバーⅡ〉と似たような使い方もできる。この場合でも内部では魔力が循環していて剣の強度はこれまで以上に保たれている。それから、この柄に填まっている宝玉が一種の増幅器の役割を果たしていて、これが重量の軽減に役立つのだけど、今までと同じ感覚で使いたい場合はオフにすることもできる。こっちの紋様は――」

 普段は思いっきりコミュ障のくせして、剣のことになると途端に饒舌になる姫子を慎一郎が制した。


「ありがとう、外崎さん。ひとつ聞きたいんだけど、その属性が変わる仕組みだけど、おれの〈浮遊剣〉でも使えるものなの?」

「あ……」


 それまで顔を赤くして興奮しながら〈エクスカリバーⅢ〉の説明をしていた姫子の言葉がぴたりと止まり、彼女の顔が白くなっていくのがありありとわかった。


「この仕組みは手で触らないと機能しない……しません……。だから……はわわわわわわわわ! す、すいません……っ! そ、そこまで気が回らなくて……! あわわ、どうしよう……! ぼ、僕、大変な失態をっ……!」


 頭を抱えて今にも地面に打ちつけそうなほどに狼狽している姫子に慌てて慎一郎がフォローに入る。

「だ、大丈夫ですよ、外崎さん。最低でも二本はこうして手で持つわけですから!」

 言いながら慎一郎はそれぞれの手に一本ずつ持った〈エクスカリバーⅢ〉をぶんぶん振り回す。


『そうなじゃ。まあ、あって困るような機能でもあるまい。しかしそれにしても……』


 姫子が持っていた〈エクスカリバーⅢ〉がふわりと浮かび上がった。メリュジーヌが魔法でできた不可視の手で持ち上げたのだ。

 それが竜王直伝の〈浮遊剣〉。これによって慎一郎は常人ではできない角度からの奇襲と手数の多さを実現することができる。


『うむ、実によくできた剣じゃ。今のギミックもそうじゃが、この芸術性と実用性を両立させた装飾といい、一寸の狂いもないまっすぐな剣身といい、なかなかのものじゃ。よくやったな、ヒメコよ』


「あ……! ありがとう……ございます……」

 それまで死にそうな顔をしていた姫子はその一言でまるで地獄から天国へと移動したかのようにぱぁぁと明るい笑顔を見せた。


「そ、それじゃ……。僕はもう少し仕上げをするので……」

 そう言って見せた四本の〈エクスカリバーⅢ〉を受け取ろうとしたところをメリュジーヌが止めた。


『待て。お主、疲れておろう?』

「え? い、いや……そんなことは……」


『嘘をつくな。見ればわかる。どうせわしらは一週間の休養中じゃ。その間に完成すればよい。じっくりと時間を掛けて完成させよ』

「でも、僕は……」


 そわそわする姫子。一刻も早くこの剣を弄りたくてしょうがないといった風だ。

『よいかヒメコよ。鍛冶の作業というものは集中力が大事じゃ。そんな疲れた状態で槌を振っても決して良い結果は出ぬ』

「はっ……!」


『最善の結果のために、今は休養せよ。それが鍛冶職人としてそなたが今すべきことじゃ。わかったな』

「わ……わかりましたぁ! 外崎、これより休憩します!」

 姫子はまるで別人のようにキビキビした動きで敬礼したかと思うと、ダッシュで特別教室棟の方へと走っていった。


 だが、それも長続きすることはなく――


「はうっ……!」

 思いっきりコケたかと思うと、よろよろと立ち上がり、とぼとぼと校舎の中へと入っていった。


『ま、ヒメコらしいといえばらしいかの』


「なあ、メリュジーヌ――」

『なんじゃ、シンイチロウよ?』

「今の話、本当か? その、疲れてるといい仕事ができないって」

『ああ、あれか……』

 メリュジーヌは姫子が入っていった校舎の方をじっと見ている。


『ウソじゃ』

「なっ……!」

 慎一郎は思わずずっこけた。


『というのは冗談じゃ。鍛冶職人には集中量が必要なことも、ヒメコが集中力を欠いていたのも本当じゃ。じゃが――』


「外崎さんに〈エクスカリバーⅢ〉を返さなかったのは別の理由がある」

 メリュジーヌはくくく、と低く笑った。

『お主に隠し事はできぬ』

 メリュジーヌが不可視の手で持っていた〈エクスカリバーⅢ〉がふわりと鍛冶の作業台の上に置かれた。


『さあ、特訓の時間じゃ』

 〈念話〉の立体映像である銀髪の少女が慎一郎の方を見てにやりと笑った。

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