黄昏7
『タツミじゃと……!? なるほど、気配にその名残がある。じゃがそなた、すでに竜人ではないな?』
メリュジーヌの問いに巽は跪いて答える。
「はい、りゅうおうへいか。わたしはヴァースキのせきかのさい、ぜんせいめいりょくを つかいはたし、いのちを うしないました」
ヴァースキを石化するために自分の生命力まで使い果たし倒れた巽が次に目覚めたのは暗闇の中だった。
それ自体は驚くべきことではない。“鬼”を封じていた結界の要となる“辰”の〈守護聖獣〉である巽が倒れる訳にはいかない。彼女は万一のことを想定して“辰”だけでなく“巳”のほこらも確保していたのだ。
“辰”としての生命を終えて“巳”の〈守護聖獣〉として目覚めた巽。ゆっくりと目を開けた。
そこは“辰”のほこらでもある〈竜海神社〉の本殿から少し北に行った木々の間にある古びた建物の中――の、はずだった。
しかし、巽の目に飛び込んできたのは無残にも破壊された“巳”のほこらであった。
巽は今まで使っていた身体と比べてずいぶん小さくなってしまった新しい身体の短い手足を使って何とか横たえられていたほこらの中から抜け出した。
自らの身体が保管されていた木製のほこらは見るも無惨に破壊されていたが、その周囲の石でできたスペースは比較的被害が少なかった。敵はおそらく”鬼”の封印を使い、攻性魔法を逆流させて破壊したのだから当然ともいえるだろう。
“辰”のほこらが完全に破壊されたのはこの目で確認した。“巳”も破壊されている。
そうすると、残りの十のほこらも同様であろうことは容易に推測された。
ほこらが破壊されたのとほぼ同時に結界内に現れた暗黒竜ヴァースキ。
そのことからもほこらの破壊とヴァースキの出現は一連の出来事であることが推測された。ヴァースキは結界を割って進入したのだ。
「こうしてはいられません。てをかりないと……。あのかたたちの……!」
巽は白と赤の巫女服を翻し、秋の森の中を走っていった。
『なるほど理解した。ヴァースキの石化はそなたの功績であったのか。よくやった。褒めてつかわす』
「ありがとうございます、りゅうおうへいか」
メリュジーヌの言葉に小さな巽はさらに頭を低くする。
『それであらかじめ用意したその身体に魂を移したというわけじゃな』
「おさっしのとおりです。これは“み”の〈しゅごせいじゅう〉のからだ」
ドラゴンは竜人になる際に魂と肉体を分離した。その技を利用して巽はあらかじめ用意しておいた“巳”の〈守護聖獣〉の肉体に死んだ“辰”の肉体から自らの魂を移動させたのだ。
「それで、頼み事って……?」
慎一郎の問いに巽は立ち上がり、彼の方を向いた。
「はい。十二のほこらのしゅうふくを おねがいしたいのです」
小さな巽が言うには、今のヴァースキの石化は前の巽の身体が持つ魔力と生命力を全て使ってなされているが、それにも限界がある。
しかし、かつて“鬼”を四百年封じた十二のほこらによってその魔法を強化させることができるということだ。
「あくまで、あるていど ですが」
かつてドラゴンだった時とは異なり、ほとんど何の力も残されていないという巽が申し訳なさそうな顔をした。
「それで時間が稼げるならおれ達の目的にも合ってますし、喜んで協力します」
「ありがとうございます、あさむらさん」
慎一郎がかがんで小さな巽と握手する。
「みんな、すこし軌道修正だ。ヴァースキを見張りつつ、十二のほこらをもう一度修復する。それでいいかな?」
という慎一郎の提案に皆は「うん」「わかったわ」「がんばりましょう」と口々に賛意を示した。
『であれば、善は急げじゃ。早速かの迷宮へと繰り出そうぞ!』
メリュジーヌの提案に皆は「おー!」と盛り上がる。
ところが、その方針に思わぬ所から待ったがかかった。
「おいちょっと待て」
『ぬ? アヤコか?』
「アヤコか? じゃないっつーの」
「どうしたんですか、先生?」
「高橋、お前までもか……」
綾子は両手を腰においてやれやれと頭を振った。
「お前ら、忘れてるかもしれんが、細川は今起きたばかりだぞ。それに浅村」
「おれ……?」
「お前も重傷だったってことを忘れるなよ。本当なら輸血なんてしてる場合じゃなかったんだ」
「あ……」
『落ち着けアヤコ。わしがついておる。こう見えても引き際はわきまえておる』
「いの一番に地下に潜ろうとした奴が言うことか!!」
メリュジーヌ綾子の雷が落ちた。普段やる気のなさそうな綾子が怒るのは珍しい。それだけ慎一郎達が無茶をしようとしていると感じたのだろう。
「まだしばらくは まえのわたしがかけた まほうが のこっております。いっこくをあらそうような じたいではありません」
綾子は右手の人差し指をビシッと立てた。
「一週間だ。一週間は安静にしろ。それ以降は好きにしろ」
かくして、〈竜王部〉は一週間の休息ののちに新たな目標に向かって邁進することとなった。
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