黄昏6

「で、賛否分かれたけど、どうするんだ?」

 徹が聞いた。


「強制はしない。来てくれる人だけ来てくれればいい」

 その慎一郎の答えに、徹は大きくため息をついた。


「お前なぁ……。それはかなりずるいぞ。それで俺が『じゃ、後は任せた』って行かなかったら俺、ただの嫌なやつじゃないか」

「いや、俺はそんなつもりじゃ……。ただ、本当に納得してから来て欲しいと思うだけで……」

「はぁ……。お前がそういう奴だってわかってたけどさ……」

 徹は腕を組み、何事か考えたあと、両手を挙げた。


「悪い。少し考えさせてくれ。今すぐ一緒に行くとは言えない。でもこれだけはわかって欲しい。俺は慎一郎――お前達のことはかけがえのない仲間だと思ってるってことを」

「わかってる」


「いつか落ち着いたら必ず追いつく」

「ああ、待ってる」

 徹は慎一郎と固く握手をしたあと、保健室を後にした。




「あの、良かったんですか……?」

 徹がいなくなった保健室で、楓が慎一郎に聞いた。


「徹のこと? さっきも言ったとおり、納得してないのに無理に付き合ってもらうことはできない。その方がよっぽど危険だから」

「そう……ですね」

 楓は悲しそうだ。彼女が加入してまだ一ヶ月ちょっとしか経っていないが、彼女なりに仲間意識があったのだろう。


「だから、今のうちにこの先の活動方針を決めておこう。具体的には脱出方法についてだ」

「脱出方法なんてあるのかしら?」

 こよりが首を傾げた。脱出方法なんてない――それは彼らが最も恐れる結末だ。


「わからない。でも、おれは脱出方法がないことが証明されるまではあがいてみたいんだ」

「わ、私もそう思います!」

「ありがとう、今井さん」

「いえ……」

 楓は顔を赤くして俯いてしまった。


 そんなことをしていると、メリュジーヌがあきれ顔で会話に加わってきた。

『お主ら、もっと頭を働かせよ。こたびの事件で明らかになったことがいくつかあるじゃろう?』

「こよりさんは何も知らないって言ってたが……」


『何も知らないからこそ純粋な真理はそこにあるものじゃ、シンイチロウよ。よく考えてみよ。コヨリは命じられてここに来たと言っておった』

「あっ……!」


『命じた者はあの日、ここで何が起こるかを事前に知っておった、ということじゃ』

「なるほど。こよりさんに命令を出した自衛隊のお偉いさんはこれを知っていたってことか」


『そうじゃ。この一連の事件――少なくともこの地の封印にはこの国そのものがかかわっておる。つまり、人為的に起こされた出来事だということじゃ』


「わたしはこの命令がどこから発せられたものかは知らないけど、ただの研究職に理由も明かさず、潜入せよという命令はおかしいと思ってた。そういうのは警察がすることはあっても自衛隊はしないから」


「自衛隊もただ言われて人を出しただけかもしれないな。もしかすると、もっと上の方の――例えば、日本政府の偉い人が立てた計画なのかも。でも何のために?」

 慎一郎が腕組みをして首をひねる。


『そこが問題じゃな。この事態の主体――仮に“奴”としておこう――。奴に何の利益があって子供ばかりの学校などという場所を封じたのか』


「でも、メリュジーヌさんでわからないなら、わかりようがないですよね……」

『そうとも限らん。わしのこの国の知識はシンイチロウを通じて知ったものばかりじゃ。生まれてからずっとこの国で生きてきたそなたらにしか気づけんこともあるじゃろう。それに――』


 メリュジーヌのアバターが周りを見渡した。相変わらず姫子はベッドの中ですやすやと眠っているが、それ以外の面々は真剣にメリュジーヌのアバターを見ている。

 それをみてメリュジーヌは笑みを浮かべる。


『考える頭は一つでも多い方が良い』

「そう言われても何も思いつかない」

『今すぐどうこうせよということではない。何か思いついたら話せということじゃ』


「逆に、その人達の思惑がわかれば、外に出られる方法も見つかるかもしれないわけね」

「ゲームのクリア条件みたいだ」


「ふふ、浅村くんもゲームなんてするのね。でもそう考えれば気が楽になるわ」

「その“誰か”が何を考えてこんなことをしたのかはわからないけど、『閉じ込められた』わけじゃなく、『閉じ込めた』のなら、その“誰か”には目的があるということになる」


『ふふ、シンイチロウよ、まるでそやつはこの学校の中にいるとでも言いたげじゃの』

「おれはそう思ってる。そいつは今もその結界の中にいて、その目的を果たそうとしている。目的を果たしたかどうか、確認したいはずだから。でも、万が一の時――」


「その目的が達成できないときに逃げ出せるようにしたい、ということでしょうか……?」

「今井さんの言うとおりだと思う。都合よく考えすぎているかもしれないけど。でも、希望は捨てたくない。だから――」

 メリュジーヌが慎一郎をまっすぐ見た。


『となると……手は二つじゃな。ひとつは今まで通り、地下をくまなく探索して外に出る手段を探す。そしてもうひとつ。“奴”を探し出し、目的を吐かせる』

「探し出す……って、でもどうやるの? この半年間、わたしにそれらしき人物からの接触はなかったけど……」

 こよりが懸念を示すが、それは織り込み済みだ。


『この半年間と今では事情が大きく変わっておる。そこをつけば良い』

「変わった事情……そうか、あのドラゴン!」

 慎一郎が手を打った。それを見たメリュジーヌが満足そうに頷いた。


 文化祭で賑わいを見せた北高を突如襲った災厄の黒竜、ヴァースキ。北高生に多数の死者を出したそれは最終的に斉彬の犠牲の上にヴァースキの石化という形でひとまず落ち着いた。


 しかし、石化の魔法は絶対でも永遠のものでもない。石化を進行させる魔法の力と対象の抵抗力のせめぎ合いとなり、その均衡が破れたとき、かの暗黒竜は復活を遂げるという。


『“奴”の目的がヴァースキを呼び寄せることかどうかに関わらず、今のこのヴァースキが石化されている状況というのは気に食わないはずじゃ』

「確かに……。あのドラゴン――ヴァースキをここに呼ぶことが目的だったらそれを達成できてないわけだし、ヴァースキがここに来てしまったことがイレギュラーならあれを何とかしたい。そういうことね」


『コヨリの言うとおりじゃ。ゆえに、わしらは“ここから脱出する”という大目標のために――』


「あのドラゴンを見張り続ける」

 メリュジーヌの言葉を慎一郎が継いだ。


「これを〈竜王部〉の当面の活動方針にしようと思う。みんな、いいかな?」

 慎一郎の提案にその場の皆が頷いた。


 その時、保健室の扉が開かれた。

「遅かったな。ん……? その子は……」

 カーテンの向こうで酒を飲んでいた綾子が応対したようだ。


「どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」

「いえ、部室から戻ってくる途中で鉢合わせて一緒に来たんですけど、みんなに話があるって……」

 どうやら、保健室に入ってきたのは二人のようだ。綾子と話をしているのは声の様子からして結希奈だと思われる。


 何か様子がおかしいとベッドの周りに集まっていた部員達もカーテンをくぐり外に出てきた。こよりもベッドから起きだした。


 そこには、やはり結希奈――ただし、部室で着替えてきたのだろう白と赤の巫女服を着ている――と、結希奈とおそろいの巫女服を着た黒髪の幼い少女がいた。

 十二、三歳ほどに見えるメリュジーヌよりもさらに小さく、幼く見えるから、彼女の年齢は十歳くらいだろうか。


 しかし、北高にこのような幼女はもちろんいない。今の北高は外界と隔絶されているので外から誰かが迷い込んでくるということも考えられない。

 皆がそう思っていると、幼女と一緒に保健室に入ってきた結希奈からその正体が示された。


「それで? みんなに話って? 巽さん?」

「…………ええっ、巽さん!?」


 その場の皆の驚きの感情を一身に受け止めながらも全く動じることなく、巫女服の小さな少女はその大きくて黒目がちの瞳をしっかりと慎一郎達の方へ向けて言った。

「はい。“たつ”の〈しゅごせいじゅう〉、たつみです」

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