黄昏5
「みんな、ちょっといいかな。これからの〈竜王部〉の方針について決めたい」
慎一郎が立ち上がり、皆の注目を集めた。
「斉彬先輩を失ってすぐ、こんなことを言うのは心苦しいけど、でも――」
「――――」
「〈竜王部〉は――おれは引き続き、脱出方法を探して迷宮に潜りたいと思う」
決意を込めた瞳で一同を見渡す慎一郎に異を唱えたのは徹だ。
「ちょ、ちょっと待てよ! お前正気か?」
慎一郎は立ち上がった徹を座るよう制する。
「もちろんだ。おれ達の役割はこの閉ざされた北高から脱出する方法を見つけること。ここで止まるわけにはいかない」
「お前――――っ!!」
徹が再び立ち上がり、慎一郎の胸ぐらをつかみかかる。慌てて結希奈が割って入った。
「落ち着いて、栗山!」
「離せよ結希奈! 俺はこの、こんな状況でもこんなに涼しい目をしたこのいけ好かない野郎を許せねえんだよ!」
「徹、お前の言いたいことはわかるが、でも――いや、だからこそおれは冷静にならないといけない。おれはこの〈竜王部〉の部長だから」
慎一郎の表情には苦悩が表れている。しかし徹にそれに気づく冷静さはない。
「部長とか関係ねーだろ! 人が――斉彬さんが死んでるんだぞ! 昨日まであんなに元気だったのに! お前は平気なのかよ!」
その言葉にこよりが悲しそうに顔を背けたが、徹はそれにも気づかない。
「平気なものか! だからこれからどうするかを話し合うんだろう! 斉彬さんがいなくなって、それでおれ達が出るのを諦めて、それで斉彬さんは喜ぶのかよ!」
「二人とも、やめなさい……!」
間に挟まれた結希奈が必死に2人を止めようとするが、小柄な彼女ではどうしようもない。
「それで今度は誰を殺すつもりだ? こよりさんか? 今井ちゃんか?」
「……!! 徹、てめえ!」
慎一郎が右手の拳を振り上げた。対する徹も左手を慎一郎の首に回す。
そこへ――
「そこまでだ」
慎一郎の拳は背後から伸びてきた手によって掴まれ、徹は頭上から落ちてきた水の球が炸裂してびしょ濡れになった。
「言い合うのはいい。だが手をだすのは許さん」
「辻先生……」
『トオルよ、少しは頭が冷めたか?』
「……てか、〈水球〉の魔法ぶっかけるとか容赦なさ過ぎるんだよ、ジーヌ」
「あんた達熱くなりすぎ。あたしのことなんて……くしゅん!」
「結希奈、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ……。もう、びしゃびしゃ……って、こっち向いて話しなさいよ。慎一郎? あんた顔赤いわよ。熱でもあるんじゃないの?」
「いや、結希奈……。その格好……」
「格好? あたしの格好がどうし……きゃぁぁぁぁっ!」
結希奈が自分の肩を抱いてしゃがみ込んだ。しかしそれで制服のブラウスから透けた下着を隠せるものではない。
「結希奈さん、バスタオルです!」
結希奈の肩にふわりとバスタオルが掛けられた。
「ありがと、今井さん……」
『ユキナが身体を張ってくれたおかげで皆冷静になれたようじゃの』
「誰のせいよっ!」
「あたし、ちょっと着替えてくるから話進めてて」
「いや、だけど結希奈もいないとダメだろ」
「いいから、進めておいて。あたしの考えはもう決まってるから」
そう言い残して結希奈は保健室を出て行った。
「やれやれ……では浅村、後は任せた。私は口は出さん。だが手は出すなよ」
綾子もカーテンの向こう側へ下がっていった。時々向こうから「ぷはぁ」とか「五臓六腑に染み渡る」とか声が聞こえてくるから、おおかた醸造研究会で作った酒でも飲んでいるのだろう。ある意味通常運転だ。
「それじゃ、改めて……。これからの〈竜王部〉の活動だけど」
あの騒動の中でもぐっすり眠っていた姫子を除く、その場にいる全員が慎一郎に注目する。
「おれは、引き続き外へ出る方法を探して地下迷宮の探索を続けたいと思う。けど、これを押しつけるつもりはない。みんなの考えを聞かせて欲しい」
「さっきも言ったが、俺は反対だ」
最初に手を挙げたのは徹だ。水に濡れた制服の上を脱ぎ、上半身裸で頭を拭く徹は先ほどより幾分冷静になっているようだ。
「斉彬さんはもういない。この先無理してお前や、今井ちゃんや結希奈、それにこよりさんが怪我をしたり、あるいは誰か死んだりして斉彬さんは喜ぶのか?」
「で、でも……それだと私たち、いつまで経っても家に帰れませんよ?」
そう問いかけた楓の方を徹はじっと見る。
「俺はそれでもいいと思う。今までちょうど半年、俺たちそれなりにうまくやってきたじゃないか。いつか外から助けが来るかもしれないし、来なくてもこのままここで生きていけば……」
『まあ、それもひとつの考えじゃの。弱腰という者もおるかもしれんが、わしは尊重する』
「ジーヌ……ありがとよ」
徹がメリュジーヌに親指を立てた。メリュジーヌもそれに応じるように親指を立てる。
「今井さんはどう思う?」
慎一郎は楓の方を見た。楓は恥ずかしそうに俯き、口を開いた。
「わ、私は……」
俯いていた楓が顔を上げたとき、そこには決意を秘めた表情があった。
「私は、外に出たいです」
『ほう? それは何故じゃ? 言っておくが、シンイチロウがそう言っておるからというのは理由にならんぞ』
メリュジーヌがにやりと笑う。その一見厳しそうな問いかけに、楓は少しも揺らぐことなく首を横に振り、答えた。
「私は、弓道部で大変な目に遭いました。今でも、あの時浅村くん達が助けてくれなかったら部長は助からなかったかもしれません」
「だったら、このままおとなしくしてた方がいいじゃないのか?」
徹の問いかけにも楓は首を振る。
「だからです。私はもう、二度と弓道部のみんなをあんな危険な目に遭わせたくない。外に出て、普通の高校生に戻ればあんな目には遭わないはずなんです」
『ふむ……。なるほど、よくわかった。友のために戦うというのは立派な理由になる』
メリュジーヌのその言葉に楓はにっこりと微笑む。
「外崎さんは……?」
慎一郎が隣のベッドに入っている姫子を見た。姫子はすやすやと寝息を立てて眠っている。起きているときには見たこともないほど幸せそうな顔だ。
『まあ、ヒメコはどっちでもいいと言うじゃろうな。あれは鍛冶さえできれば満足するタイプじゃ』
「俺もそう思うよ」
徹が肩をすくめた。
「そうするとあとは――」
全員がベッドのに腰掛けているこよりに注目する。
「わたしは――」
こよりは目を閉じて思い出した。あの夢の中で再会した斉彬との言葉を。
――後は任せた。
こよりは、膝の上で組んだ手を見ていて、その表情はうかがい知れない。
「わたしも行くわ。任務だからじゃない。わたしがそうしたいと思うから。それに――」
そしてこよりは顔を上げて皆を見渡した。その表情は晴れ晴れとした笑顔だ。
「ここに斉彬くんがいたら、真っ先にそうしようって言うはずだもの」
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