黄昏4

                       聖歴2026年10月7日(水)


 保健室。こよりが腰掛けるベッドを囲むように慎一郎、徹、結希奈、楓がパイプ椅子に座り、顧問で養護教諭の綾子は窓際の壁により掛かるようにして立っている。姫子は少し離れた所でカーテンの向こうから隠れるようにこちらを覗いている。メリュジーヌのアバターは慎一郎の隣だ。


 一同はベッドの上、ちょうどこよりの膝があって掛け布団が盛り上がっている所に置かれた紙片を見つめている。


 手のひらサイズの紙片。

 それは、大人であれば見慣れたものだが高校生には馴染みのない紙――名刺。

 そこには、こう書かれていた。



 防衛省魔法技術研究所

 研究員

 細川 こより



「防衛省……っていうと、自衛隊?」

 徹の言葉にこよりは無言で頷く。


「えっと……状況がよくわからないのですけど……。この名刺とこよりさんにどういう関係があるのでしょう……?」

 楓が首を傾げる。その頭上にははてなマークがいくつも飛び交っているのが見えるようだ。


「そりゃ今井ちゃん、あれだよ。つまり……どういうこと?」

『要するにこういうことじゃ、コヨリはこの学校の……』

「メリュジーヌ」

 メリュジーヌが説明しようとしたところで慎一郎が制した。これはこよりが自分で説明すべきことなのだ。


「わたしは、北高生ではないの」

 こよりは頭を左右に振った。


「ううん。高校生ですらない。この名刺に書かれているとおり、わたしは防衛省から派遣されてきた自衛官なのよ」


「…………」

「そりゃあ……」

 ようやく事態が飲み込めつつある一同が驚き、顔を見合わせている。


『いくつか聞きたいことがあるのじゃが、よいか?』

「うん。わたしに答えられることなら」

「はい! はい!」

 元気な声で徹が手を上げた。


「まず最初にこれだけは聞かなきゃいけない。こよりさん――」

「な、何……?」

 こよりが緊張した様子で生唾を飲み込んだ。


「――って、何歳?」

 全員がずっこけた。


「栗山、あんたねぇ!」

 すぱーん! と結希奈が徹をひっぱたいた音が保健室に響き渡る。全員が笑った。


「いや、だって気になるじゃん。こよりさんってなんというか、オトナの雰囲気だし……」

「ま、まあ……それはそうだけど……」

 そう言う結希奈の視線は顔よりもかなり下、超高校生級と言われたそこに移っているように見える。


「良かった……まだもう数年あるのか……」

 自分の胸を押さえばがら安堵する結希奈。彼女の胸も同年代の女子に比べれば十分大きいのだが、彼女自身は自覚していない。


『それで、何歳なのじゃ?』

「もう! ジーヌちゃんまで!」

 こよりが悪ノリしたメリュジーヌに抗議したが、そこ表情は先ほどよりもずいぶん和らいだように見える。徹の質問は期せずして皆の緊張をほぐしたようだ。


「……歳」

「え? なんだって?」


「二十四歳!」


 それに対する答えは様々であった。メリュジーヌは『誤差ではないか』であったし、徹は「年上のおねえさん、イイ!」だったし、結希奈は「八年であそこまで……」だったし、慎一郎はただ目を大きくして驚いていた。姫子は隣のベッドですやすや眠っていた。


「もう! 女の人に年を聞いてはいけません!」

 顔を赤くして小さくなりこよりの前に腕を手に当てて怒る楓が立ち、この話題はお開きとなった。




 その後の話によると、こよりは都内の大学を卒業後、自衛隊に入り、研究職として錬金術の研究をしていたらしい。特に何かの功績を残したわけではなく、入隊してまだ三年目の普通の研究者だということだ。


『それで……コヨリよ、お主は此度のこの事件について、どこまで知っておるのじゃ?』

 メリュジーヌの言う『この事件』とは、もちろん北高の封印事件のことである。


 そこにいる全員――すやすや眠る姫子を除く――の注目がこよりに集まる。

 しかし、こよりは皆の期待に反するように瞳を閉じて、首を振った。


「何も。わたしは上官からあの日、転校生として北高に行って、あなたたち〈竜王部〉と接触しろとしか言われてない」


「はぁ……なんだ、手がかりなしかぁ」

 徹が疲れたようにベッドにもたれかかった。


『まあ、そうじゃろうな』

「何だよお前、細川さんが何も知らないとわかっててあんな質問したのか?」

『そうじゃ、シンイチロウよ。考えてもみよ。コヨリもここに半年間、閉じ込められておるのじゃぞ』

「ああ、確かにそうか……。何か知ってて半年間閉じ込められるはずないもんな……」

 慎一郎もがっかりした様子だ。


 そんな様子の面々を見て、こよりは不思議に思う。

「ねえ、みんな……」

 皆の注目がこよりに集まるのがわかった。


「もっと、他にあるんじゃないの? その……なんで黙ってたのかとか、もっと早く言ってくれとか……」

 俯きながら言った。彼らの顔を見るのが、それを見ながら彼らのリアクションを待つのが怖かったのかもしれない。


 しかし、それに対する答えはすぐには来なかった。


「…………」

 こよりが恐る恐る顔を上げると、皆は困ったような顔でお互いを見ていた。


「だって、なぁ?」

 徹がそう言うと、ほかの部員達も首を縦に振って同意する。


「こよりさんはこよりさんだからなぁ」

「そうよねぇ。別に何が変わるって訳でもないし」

 そんな徹と結希奈のやりとりを見て、この話を斉彬にしたときのことを思い出した。




「どんなことがあってもこよりさんはこよりさんだから安心していいぜ」




「私も、〈竜王部〉に入ってまだ日は浅いですけど、何度も救われてますし、とっても頼りにしてます!」

『もしお主が悪意を持って接してきてるようじゃったら、わしが仲間に入るのを許すはずもなかろう』

「まあ、そういうことだから、細川さんが気に病む必要は……って、どうしたんですか!?」

 顔に手を当てて涙を拭うこより見て、慎一郎が慌てて手を差し伸べた。


「ありがとう……ごめんね。大丈夫だから……」

 結希奈が差し出したハンカチで目元を拭く。楓に背をさすってもらえて少しは落ち着いた。


「斉彬くんが……みんなもきっとわかってくれるって言ってて、その通りになったから……」

「斉彬さんには言ってたんですね。どんな反応だったんです?」


「う……そ、その……わ……」

「わ?」


「笑われた。しょうもないって……」

 頬を膨らませてそういうこよりを見て、今度はそこにいる全員が笑った。


「ど、どうして笑うの……!?」

「だって、なぁ、慎一郎」

「ああ。だって、本当にしょうもないことですから。おれたち〈竜王部〉ですよ?」

『うむ。わしから見れば十六歳も二十四歳も似たようなもんじゃ。誤差に過ぎん』


「そ、それはそうだけど……。ずっと悩んでいたのに、誤差の一言で済まされるなんて……」

「だから斉彬さんも『しょうもない』って笑ったんですよ、きっと」

 慎一郎がそう言ってこよりの肩を叩いた。この話はもう終わり、そういうことだ。


「ありがとう、斉彬くん。みんな……」

 こよりは涙を拭い、笑顔になった。彼女の表情にもう陰りはない。

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