黄昏
黄昏1
聖歴2026年10月4日(日)
体育館には現在北高に残されている生徒達の多くが集まっている。生徒のほぼ全員を集めた全校集会は彼らが学校に閉じ込められた五月以来のことだ。
しかしここにはあの頃ほどの数の生徒はいない。五月の集会の途中、決別を宣言して退出した北高と港高、両校の剣術部の部員達は全員、その他にも二十名を超える生徒がこの集まりに参加していなかった。
死者二十三名、重軽傷者十六名。
十月三日午後に剣術部部室近くで起こった強力なモンスターの襲撃――一般生徒にそれがオーガキングとドラゴンであったことは伏せられていたが、人の口に戸は立てられない――による被害者の数だ。
現代日本の高校生が人の、しかも同級生の死に触れることはほとんどない。ひとりの死であっても動揺はかなりのものだろう。それが二十三人ともなるとその衝撃は計り知れないものがある。
北高全体が驚きと悲しみに打ち震えて、夜が明けた。
絶望と諦観が校内を支配していた。
翌朝も生徒達が立ち直る様子はなく、働き者だった生徒達はやるべきことすら満足に行うことができずに学校全体が停滞した。
およそ半年をかけて少しずつ作り上げていった北高での自給自足生活が一日で崩壊しようとしていた。
しかしそれでも生き残った者は今日を生きねばならない。
動いたのは生徒会長の
菊池は地下迷宮内の“
その後、校庭の奥、木々が立ち並ぶ〈竜海の森〉の一部を切り拓いて仮の墓地を作り、彼らを手厚く埋葬した。
そして今、参加できる全ての生徒達を集めて『お別れの会』と称する実質的な葬儀を執り行っている。
葬儀には故人との別れと、悲しんでいるのは自分だけではないという共感から気持ちに区切りを持たせる効果があると考えての行動だ。
敷地内には〈竜海神社〉と呼ばれる神社が存在していたが、葬儀は宗教色を排除するためと、そして何より、ほかならぬ〈竜海神社〉の娘である高橋結希奈がこの未曾有の大惨事の当事者であるため、生徒会が執り行うことになった。
生徒会長はこの絶望的な状況においても生徒達の生活を取り戻すことに尽力していた。
『これまで皆で協力して慎ましく生きてきた僕たちに未曾有の災害が降り注ぎました。犠牲となった彼らの多くは暴れるモンスターから仲間達を救うべく立ち上がった勇敢なる生徒達です……』
壇上で菊池が全校生徒達に向けてのスピーチが続いている。それを聞く生徒達からはすすり泣く声が聞こえる。
『僕たちにできることは多くありません。しかし、彼らのことをいつまでも心に留めておくことはできます。犠牲になった方々の名前を読み上げます。卓球部、佐藤隼太君。陸上部、山田順平君。陸上部……』
それを最後部で浅村慎一郎はしっかりと聞いている。〈竜王部〉代表として。ほかの部員はこの会には出席していない。細川こよりの状態があまりに不安定だからだ。
『……君。港高剣術部、伊藤隆君。港高剣術部、金子清君。竜王部、生徒会、森斉彬君』
斉彬の名を呼ぶとき声が震えたように感じたのは慎一郎の思い込みだろうか? そうではないと思いたい。
〈竜王部〉は犠牲者を出した当事者であるが、彼らの元に斉彬の遺体は返還されなかった。彼をはじめ、あの黒いドラゴンのブレスによって命を落とした者は遺品のひとつすら残っていなかったのだ。ヴァースキのブレスは全てを腐らせる。その意味をまざまざと知らされた。
『以上で、お別れの会を終了します。生徒の皆さんは退出なさってくだ……ちょっと、あなた達! 何をやって……きゃっ……!』
舞台袖でアナウンスをしていた生徒会副会長のイブリースに皆の注目が集まる。ざわめく生徒達。
そこには金髪の副会長ともみ合いになっている小柄な軍服のような形の制服を着た少女。
風紀委員長の
「やめなさい! 誰に壇上に上がっていいと許可を出しましたか!」
「ここは開かれた北高の校内である。貴様らが立ち入ってよい場所に同じ生徒である私たちが立ち入ってはならない場所など存在するはずもなかろう?」
感情的に声を張り上げるイブリースに対して、あくまでも冷静に対処する遙佳。知る者が見れば、いつもの彼女たちの関係と逆のようにも見えただろう。
「今は式の最中です! 進行に従ってください!」
「式の最中だと? 今貴様は自ら式は終了だと宣言したではないか! 貴様はただ、この私が壇上に上がるのを気に入らないだけではないか!」
「……くっ!」
「通らせてもらう」
「待ちなさい!」
脇を通り過ぎていく遙佳を何としてでも食い止めようと手を伸ばすイブリース。だが、そのイブリースを大柄な風紀委員の男子生徒二人が無表情に彼女の腕をつかむ。
「は、離しなさい! 無礼者!」
そうしている間にも遙佳は壇上に向かう。壇上に立つ菊池を一瞥して一言。
「私にも話させてはくれないか?」
「もちろん。ここは開かれた北高だからな。風紀委員長、君にもその権利はある」
菊池は肩をすくめその場を譲り、舞台袖へと戻っていった。
『風紀委員会の岡田遙佳である』
足を肩幅に広げ、手は腰の後ろに添える、休めの姿勢のまま遙佳がマイクに向けて語り出すと、ざわめいていた体育館内が静かになった。風紀委員長を無視して騒いでいてもろくな事がないと皆が理解していた。
『諸君に決定事項を通達する。文化祭四日目は中止、加えて午後六時以降の外出を禁止する。反論は受け付けない。以上だ』
遙佳がきびすを返して舞台を降りる。一瞬の静寂の後、一斉に生徒達が騒ぎ出す。そのほとんどは不満、そして風紀委員長に対する批判だ。
「よろしいのですか? あんな勝手を許してしまって……」
舞台袖に戻ってきた菊池にイブリースが問いかける。菊池はいつもの余裕の表情を全く崩すことはなく、
「かまわないさ」
「何故ですか!?」
「文化祭の四日目は無理だろう。安全面でも、精神的にも。夜間外出禁止は……」
そこまで言って菊池は体育館の中を見る。
そこでは、多くの生徒達が怒り、大声を上げ、また別の生徒は隣の生徒と話し合いをしていた。直前まで悲しみに打ち震え、絶望の海に溺れていた生徒だとはとても思えない。
「怒るということにはエネルギーが必要なんだよ。大丈夫。僕たちはまだ怒れる」
「…………」
「風紀委員が自ら進んで嫌われ役になるというのならば、喜んでその座を譲ろうではないか。岡田君があそこで出てこなければ、僕がその役を買って出るところだった」
「そんな……! 会長はそのようなことをなさるようなお立場では……!」
詰め寄ってくるイブリースに菊池は優しく微笑む。それを見て思わず詰め寄ってしまった自分を恥じるイブリース。
「今ここで倒れられては困るのだよ。生徒達にも、そして――」
菊池は体育館の天井を見た。そこには天窓が張られており、冷たい秋雨がしとしととガラス窓を売っているのが見えた。それは、まるで生徒達の代わりに死者を悼んで涙を流しているようにも見えた。
「彼らにもね」
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