10 years before, they haven't yet met... 2

「ねえ、きみ。もしかして迷子かな?」

 話しかけられた男の子は驚かせてしまっただろうか、目を大きく見開き、次に怒らせてしまったのか、顔を真っ赤にしてわたしのことを見つめている。


「お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」

「お、オレはガキじゃねー! こんな所でも一人でへっちゃらなくらい大人だ!」

 どう見ても小さな子供がムキになって背伸びしているようにしか見えないのだけど、わたしはそれを口には出さず、相手に合わせてあげることにした。


「ふうん。そっかあ。それで、きみはここで何をしているのかな?」

 そう聞いてあげると、男の子は機嫌を良くしたようで、胸を張って答えた。


「冒険だ!」

「そう。冒険なんだ」

「おう、冒険だ!」

 男の子は大きな目をさらに大きくして、目を輝かせた。何やら彼にとってとてもいいことを思いついたらしい。


「なあ、姉ちゃん。地元の人だろ?」

「え? そうだけど」

「だったらオレを案内してくれよ!」

「え、でも……」

「いいから行くぞ!」

「えっ……あっ!」

 男の子はわたしの手を取って走り出した。まだ小学校の低学年くらいの子だけど、さすがは男の子だ。その手は力強くて、ぐいぐい引っ張ってくる。


「ああっ、待って! カバンカバン!」

 わたしは危うくその場に置いていきそうになったカバンを持って男の子に引っ張られていった。




「うわぁ、でっけぇ……」

 地元のお寺はとても大きいお寺で、特にその門が有名だ。男の子はその門に飾られている二体の像に見とれている。こんな古くさい像のどこがいいのか、わたしにはわからない。


 男の子はここから列車で二十分くらいの所から来たという。そこには彼のおじいちゃんの家があって、夏休みに遊びに来てたんだけど、家の近くはもう遊び尽くしたから列車に乗って終点であるこの街までやってきたらしい。なかなかアクティブな子だ。


「オレ、ピッチャーやってるんだ。やっぱこれくらい筋肉ないとダメなのかなぁ……」

 男の子は像の腕と自分の腕を見比べている。


「ピッチャーって野球?」

「うん! オレ、高校生になったら甲子園に行って、それからプロになるんだ。ケーヤクキン一億もらったら、姉ちゃんをヤシナッテやるからな!」


「え……? あ、うん。ありがとう」

 唐突に変なことを言い出す男の子に一瞬ドキッとしたけど、多分意味は全くわかってない。


「なら、いっぱいご飯を食べて、いっぱい練習しないとね」

「練習はしてるぞ! 今日も朝、ランニングしたんだ」

「へぇ、そうなんだ。わたしは走るの嫌いだなぁ」

「そうなのか? 走るの楽しいけどなぁ」

 そんな話をしていると、男の子のお腹がかわいらしく鳴った。


「うぅ、お腹空いた……。昼メシ食ってすぐ来たからなぁ」

「じゃあ、なんか食べる? みんなには内緒だよ?」

「やったぁ!」


 お寺の境内にお店を出していた屋台で串を二本買って、一本を男の子にあげた。二人で境内の石に腰掛けてそれを食べる。


「うまそう……。いただきます!」

 元気よく言って、肉にかぶりついた。


「うまっ、うま! うま!」

 先ほどとは目の色が違う。よほどお腹が空いていたのだろう、あっという間に串を一本平らげてしまった。

 わたしはと言えば、とりあえず一口食べてみたはいいけど、さっきドーナツを食べたばかりだということもあり、それほど食べたいとは思わなかった。だから――


「これも食べる?」

「いいの?」

「うん。さっきドーナツ食べたから、あんまりお腹空いてないんだ」

「ドーナツ? ふぅん……」

 男の子が肉をかじりながらわたしの方を見ている。


「あっ、そんなの食べてるから太るんだとか思ってたでしょ!」

 わたしがからかい口調で言うと、男の子は肉を口に入れながら首をぶんぶんと振った。


「思ってないよ! 女の子はぽっちゃりしてるくらいがいいんだ!」

「えっ……!?」

「…………って、親戚の兄ちゃんが言ってた。オレもそう思う……」

 最後の方は声が小さくなってしまったが、しっかりと聞こえた。


 男の子の気持ちに嬉しくなったが、だからむしろ、ここはきちんと言っておかないといけないと強く思った。

 わたしは男の子のおでこを指で弾いた。デコピンというやつだ。


「あだっ!」

 突然のことに不満そうにわたしを見る男の子の鼻先に指を突きつけた。


「女の子にそういうデリカシーのないこと言っちゃダメなんだからね」

「え……でも……」

「でもじゃない。女の子は大切にするんだよ。わかった?」

「うん、わかった」

 聞き分けの良い男の子にすっかり気を良くしたわたしは、男の子の頭をぐりぐりと撫でた。


「うん。いい子だね。聞き分けのいい子は好きだよ」

 そのまま頭をぐりぐりとなで回す。男の子は顔を赤くしてなすがままにされている。短くて硬めの髪がチクチクと手のひらを刺激するが、悪い気分ではない。




「そうだ!」

 二本目の串を食べ終えた男の子が突然立ち上がって、走り出した。


「どこ行くの?」

 とわたしが聞くと、男の子は一瞬だけ立ち止まり、こっちを向いた。


「ちょっと待ってて! すぐ戻るから!」

 三分ほどしてから戻ってきた男の子の両手には、ジュースの入った紙コップが握られていた。そのうちのひとつをわたしに差し出してくる。


「ありがとう」

 わたしが笑顔でお礼を言うと、男の子は少し恥ずかしくなったのか顔を赤くした。


「お、オゴられっぱなしは男のコケンにかかわるって、親戚の兄ちゃんが言ってたからな!」

 やっぱり意味はわかってなさそうだったけど、その気遣いにわたしは嬉しくなった。


「姉ちゃん、さっきから見えてるあのでっかいのは何だ?」

 男の子が指さしたのは川の向こうにある大きな魔力塔だ。あそこからこの地方全体にテレビ用の通信波を送っているらしい。

 そう説明すると彼は行きたがったが、近くに見えてあの塔は意外に遠い。それを知ると男の子は別に気にした風でもなく、


「じゃあ、どっか行こう! 他にもまだいろいろあるだろ?」

 そう言って男の子は再びわたしの手を掴んで、今度は歩き出した。

 もしかするとわたしが走るのは嫌いと言っていたのに気を遣ってくれたのかもしれないね。

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