森斉彬4
“鬼”の出現から始まる一連の事態はすでに地上にも伝わっていた。生徒会は会長の菊池を中心として、各地に人を派遣して状況の把握と負傷した生徒を保健室に移す陣頭指揮を執っている。
生徒会と対立している風紀委員会は責任は現生徒会にあるとした上でそれは棚上げし、今もなお地下に残されている生徒達を救出すべく有志を募って救出部隊を編成中だ。
「ヴァースキ?」
生徒会室。ほかの役員達はみな校内の各種へと飛び回り、ちょうど副会長のイブリース・ホーヘンベルクと二人きりになった所で異国からの留学生であるイブリースが菊池に訊いた。彼女の国、魔界は異世界よりやってきて間もないのでこの世界の歴史についてはあまり明るくはないのだろう。
「かつて竜族の頂点を極めた竜王直属の十柱のドラゴン――その一角だ。竜王に反旗を翻し、竜王自らの手によって処分されたはずだが……」
「そんな強大なドラゴンが何故こんな所に? 今の北高は外界とは遮断されているのでは?」
「僕にもわからない。竜海の伝説に出てくる“鬼”の封印が解けたこともそうだが、ヴァースキが現れるなどあり得ない。あれはインドで討伐されたはずだ……。何が起こっている? これまで問題はなかったはずだ。どこで歯車が狂った?」
机の上で肘をつき手を組み、鋭い瞳を生徒会室のなにもない空間に投げる菊池。
「会長。“最大戦力”を投入すべきでは?」
イブリースの提言に菊池はその鋭い瞳を向けた。
「駄目だ。“最大戦力”はまだ“あれ”に対抗できるほどの力はない」
「ならば、“ミズチ”を投入しては……?」
その言葉に菊池はゆっくりを首を振った。
「それこそ駄目だ。君も知っているだろう? 今あれを出すことはできない」
「では、どうすれば……」
イブリースの顔が青いのは魔族であるがゆえだけではないだろう。そのイブリースの視線を受け止め、菊池はゆっくりと立ち上がって夕日に赤く染まる中庭を見た。
「手立てはない。彼らが無事、地下から戻ってきてくれることを願うのみだ」
気のせいか、その肩は少し下がっているようにイブリースには見えた。
「結希奈さん、奥の重傷の方の容態が安定したようです」
手当てを続けている結希奈と慎一郎、メリュジーヌのもとに楓から情報がもたらされた。彼女は洞窟内各所の伝令役をかって出ている。
『重傷者もだいぶ減ってきたようじゃ。治療が必要な者を集めて拠点を奥に移した方が良いな』
「奥に……? どうして?」
メリュジーヌの提案に慎一郎が疑問を呈した。
『ヴァースキは竜族の中でも特に巨大なドラゴンじゃ。当然、この洞窟に入ることはできぬ。わしらが洞窟の奥に引っ込んで攻撃が届かないとなれば諦めるのではないか?』
「なるほど……」
『ま、甘い考えかもしれぬが、やらぬよりはマシじゃ。ユキナよ、どうじゃ?』
「……………………」
『ユキナ?』
「…………あっ、ごめん。聞いてなかった」
「結希奈、疲れてるんじゃないか? 今井さんに代わってもらって少し休んだら?」
「私、できますよ。結希奈さん休んでください」
しかし、そんな楓の申し出に結希奈はかぶりを振った。
「大丈夫。今も危ない人がいるんだもん。疲れたとか言ってられないわよ」
「でも……」
「それで、何だっけジーヌ?」
『う、うむ……。重傷患者を奥に移動させ、コヨリの作る防衛戦を後退させたいのじゃ』
「わかったわ。すぐに取りかかりましょう」
「じゃあ、一人ずつ運んでいこう。おれに任せて」
「頼んだわ、慎一郎」
慎一郎はすぐ近くに立てかけてあった担架を持ってきて重傷患者をその上に移動させようとした。
「人手が欲しいな。徹……は手が離せないし、斉彬先輩は……?」
辺りを見渡すが、教室の四分の一くらいの広さのこのスペースには横たえられる数人の怪我人と、それを看護する生徒達の姿しか見当たらない。
「ちょっと斉彬先輩を探してくる」
「頼んだわよ」
慎一郎は慎一郎を探して洞窟じゅうを探してまわった。しかし、こよりがいる入り口付近も、秋山がいる怪我人を寝かせている部屋にも見当たらなかった。
“戌”のほこらのあるこの洞窟はそれほど広いものではない。探しているのに見当たらないはずはないのだが……。
「斉彬先輩?」
人気のいない洞窟の脇道の方へ行ってみるが、そんなところにいるはずもなく。
仕方がないので、一旦結希奈のいる重傷患者が集められている部屋へと戻ろうとしたときだった。
「あだっ……!」
通路の隅にあった小さくて丸い何かに躓いてしまった。よくよく見るとそれは足元でしゃがみ込んで何やらやっていたゴンであった。
「ああっ、ごめん、ゴン」
「浅村殿……! おいらの方こそ申し訳ないっす」
「……こんな所で何してたんだ?」
「汚れた包帯を焼きに来たっすよ。ほら、火打ち石」
ゴンが持っている火打ち石を見せた。その脇には段ボール箱に入れられたたくさんの包帯が見えた。その多くは血で汚れている。
「火打ち石なんて使わなくても、誰かに魔法で燃やしてもらえば」
この時代、火はほとんどが魔法化されている。慎一郎も火打ち石を見るのは生まれて初めてだ。
「そういうワケにはいかないっすよ!」
ゴンはぶんぶんと頭と手を振った。徹をはじめとする魔法を得意とする生徒達は今洞窟の入り口であの黒竜――ヴァースキ――と戦っている。そんなときにとても頼めないというのだ。
それももっともだと思ったところに、ゴンが訊ねてきた。
「浅村殿はこんな所で何をしてるっすか?」
そう言われて気がついた。斉彬を探しているのだった。その旨ゴンに伝えると、
「えっ!? 浅村殿の指示ではなかったのですか?」
「? おれが指示? 斉彬先輩に? 教えてくれ、ゴン。斉彬先輩はどこに行ったんだ?」
詰め寄る慎一郎にゴンは怯えたように身体を縮ませた。
「森殿は……外に出たっす。迷宮の外ではなく、このほこらの外、大広間に」
『な、なんじゃと!?』
今までおとなしくしていたメリュジーヌのアバターの目は驚愕に見開かれていた。
『何を考えておる! ナリアキラよ、そなたもしや……』
その先に言葉は続かなかった。それを言ってしまうと現実のものになってしまう気がしたからだ。
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