森斉彬
森斉彬1
聖歴2026年10月3日(土)
薄暗い洞窟の中にいるのは三十人くらいだろうか。もしかするともっと少ないかもしれない。
蒸し暑い。
地下迷宮は梅雨の雨の日だろうと夏の暑い日だろうと常に温度も湿度もほぼ一定に保たれていて、過ごすのに不快だったということはこれまでに一度もなかった。
しかしこの場のこの温度は快不快のレベルを通り越して健康に不安を覚えるほどである。
これでも徹をはじめ、黒魔法に明るい生徒達が全力で内部を冷やしているのだ。にもかかわらずこの暑さ。何もしなくても汗が滝のように流れてくる。
その原因は洞窟の終端にあった。
曲がりくねった通路の端は壁と同じく土壁で塞がっているのだが、その土壁の表面はほんのり赤く輝いている。これが熱源だ。
「氷よ!」
徹がその壁を包み込むように氷の壁を魔法で出現させるが、その氷は一瞬で溶けてしまう。おかげでこの辺りの土はぐちょぐちょにぬかるんでいる。
「氷よ!」
徹がめげずに再び壁に氷の魔法をかける。もう二時間もこの繰り返しだ。
しかし、続けなければここにいる皆の命が危ない。
また氷が溶けた。その溶けた氷の壁の正面、最も温度が高い場所で両手をついてひたすら呪文を唱え続けている女子がいる。
細川こよりだ。
彼女は滝のように汗をかき、肩で大きく息をしながらも呪文詠唱をやめようとはしない。やめられないのだ。
通路の端を塞いでいる土壁はこよりが錬金術で作っているものだ。しかし通常なら壁を造るだけでこよりがここまで消耗することはない。この程度の壁を塞ぐ錬金術、彼女の腕前があれば息も切らさず行える。
しかしそれを連続で二時間続けるとなれば?
足を一歩踏み出すだけならばだれでも息を乱さずに行うことができる。しかし二時間全力で走り続けるとなれば話は別だ。
こよりは二時間もの間、全力で壁を作り続けている。
徹と同様、そうしなければ確実に死ぬからだ。
今、こよりが塞ぐ壁を破壊しようと壁の向こう、洞窟の外から闇のブレスがたたきつけている。そのブレスの前ではこよりの作る土壁など一瞬も持ちこたえることができない。
全てを腐らせる闇のブレスが洞窟の入り口を塞ぐ土壁を腐らせている。
四重に作られた壁が突破される前にこよりが新しい壁を作りだしてなんとか拮抗している状況なのだ。
壁が腐り落ちるときに発せられる高熱。これが洞窟を満たしている高音の正体だ。
これでも徹や洞窟内部のほかの生徒達の氷の魔法で冷却をしているのだ。これがなければ全員蒸し焼きになっていただろう。
しかし、これらの行動もの場しのぎでしかないことはここにいる誰の目にも明らかだった。
永遠に続くとも思える外からの攻撃。対してそれを守れるのはこよりと、その補佐に当たる数人のみ。こよりの精神力が尽きて錬金術が使えなくなる時がここにいる全員の終わりの時だ。
「氷よ!」
徹が魔法を唱える。土壁を包むように氷の壁が現れ、その一瞬だけ涼しい空気が肌を冷やす。
しかしそれもつかの間の安寧でしか無い。一瞬にして溶かされた氷は蒸し暑さとなって徹と、この洞窟に逃げ込んだ三十人ほどの生徒達に襲いかかる。
「くそっ!」
少し休ませていた〈副脳〉に呪文詠唱を任せている徹が汗を拭いながら毒づいた。
「どうして、こんなことになってるんだよ!」
すべては二時間前、この洞窟に逃げ込んでくる直前まで遡る。
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