狂える戦鬼5

 ――ぐわぁぁぁぁっ!


「…………!」

 鬼の攻撃に部員の反応が一瞬遅れた。


「バカ野郎!」

 部員の隣に位置取っていた秋山が後輩の襟首を掴み、強引に後ろへと投げ飛ばす。

 その直後、岩の塊にも似た拳が周囲の空気をかき分け、一瞬前まで彼の頭があった空間を裂いた。


「ボケっとすんな! 死にたいのか!」

「す、すみません……」

 間一髪救われた生徒に救った秋山が活を入れた。


『しかし、まずいの……』

 メリュジーヌがこの場では慎一郎と徹にしか聞こえない声でつぶやいた。


『思ったよりも消耗が激しい』

 鬼との消耗戦が始まってからおよそ五分。すでに剣術部員達の息は上がっていた。少しずつ彼らの反応は遅れ、今の攻撃のように避けきれない攻撃も出始めていた。

 今のところはまだ被害は出ていないが、この体力勝負は明らかに人間側に分が悪い。


 目を向けると、今もまた剣術部員の回避が遅れ、危ういところを徹が咄嗟に魔法で目くらましをして救ったところだ。

 慎一郎と徹の〈竜王部〉二人と秋山と金子、剣術部の部長達以外の動きは明らかに鈍い。


『なあ、ジーヌ。俺たちと雅治さんと金子さん以外は下がらせた方がいいんじゃないか? よっ、と』

 メリュジーヌの言葉を受けてか、徹が鬼の攻撃を軽やかにバックステップで回避しながら〈念話〉で提案をしてきた。


 しかし彼女はその提案を即座に却下した。

『いや、今はよいかもしれぬが、そなたらの体力が尽きたときが全ての終わりとなる』


 慎一郎は鬼の王を見た。振り向いては拳を振り下ろし、両腕を振り回してはまた振り返る動きをしている戦鬼はある意味、こちらの思惑通りに動いていると言えなくもないが、その動きは当初から全く鈍っていない。想像をはるかに超える無尽蔵ともいえるその体力に鬼を取り囲む高校生達に焦りが募る。


 しかし、焦っていたのは目の前にたくさんの獲物がありながらも全く捕らえられない鬼の側も同様だったようだ。


 ――がぉぉぉぉぉぉぉッ!


 それまで、目の前の生徒を狙ってパンチを繰り出していた鬼が突如、斜め方向に爆発的な加速を行った。そのまま斜め前方方向にいる生徒に向けてショルダータックルを行う。


「…………!!」

 突然の行動の変化に狙われた生徒が慌てて後ろに下がろうとするが、運が悪いことに下草に足を取られて尻餅をついてしまった。


「危ない……!」

 隣に立っていた慎一郎がいち早くそれに反応し、尻餅をついた生徒の前に立ちはだかる。

 スピードに乗っている鬼の全体重が乗ったタックルは目の前まで迫っている。


 慎一郎は両手に持った剣と、不可視の腕に持った四本の剣を前方で重ね合わせた。

 その前にさらにメリュジーヌの四本の剣が飛来してきて、十枚の壁を形成した。

 次の瞬間、テントの中で攻撃を受けたときとは比較にならない衝撃が全身を襲った。


 十枚の壁はまるで硝子のように一瞬で砕け、自分の周囲を覆っていた見えない障壁――先ほど結希奈がかけてくれた強めの防御魔法だ――も砕ける感触を覚えた。


「ぐはっ……!」

 全身を激しい痛みが駆け上がる。続いて軽い浮遊感と地面にたたきつけられる衝撃。


 なんとか意識は失わずに済んだ。慌てて起き上がろうとしたが、身体が動かない。たまたま目に入った左手の甲。そこに浮かび上がっていた三つの星は一つ残らず消え失せていた。


 ドスン、ドスンと地面が揺れる。なんとか首だけを動かして鬼の方を見る。

 鬼は、徹や剣術部の必死の攻撃には目もくれず、倒れた慎一郎のもとへと悠然と歩いてくる。先ほどのテントの時と同じだ。今度こそ確実にとどめを刺すつもりだろう。


『くっ……! ダメで元々、やるしかない!』

 メリュジーヌの叫びとともに刀身が砕かれ柄だけとなった剣が四本、鬼の元へ飛んでいくが、鬼はまるでうるさいハエを追い払うかのようにものともせず、倒れる慎一郎の元にまっすぐ歩いてくる。


 遅れて慎一郎も不可視の腕に握った折れた剣を鬼にたたきつけるが、鬼の勢いは全く衰えない。


 鬼が拳を振り上げる。二の腕の筋肉が太く膨れ上がって、そこに力が込められていることがわかった。極度に集中しているせいか、時間の流れが緩やかに感じられた。


 にもかかわらず、横合いから慎一郎と鬼との間に割り込んできた影は非常に素早く感じられた。

 振り下ろされる全てを破壊せんと欲する拳。掲げられる両腕の中の親しき人を守るために人の手で鍛えられた刃。

 ふたつの相反する想いが衝突した瞬間、重い音ともに鈍く流れていた時間の流れが元に戻る。


 ドスン、という重いものが地面に落ちたような音。


 錬金術師によって作られた素材を鍛冶師が鍛え、巫女が加護を与えた刃によって鬼の拳は逸らされ、目標に届くことなく地面に突き刺さっていた。


 膝をついた鬼の前に立つ、鬼ほどではないが大きくてたくましい背中。

 肩に担いだ愛剣〈デュランダルⅡ〉越しに振り向いてその頼りになる上級生はにやりと笑った。不敵に、敢然と。


「よう。間に合ったようだな」

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