狂える戦鬼4

 ――ぐわぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!


 慎一郎と秋山達との間で連携について話し合いがあり、概ねの方針が定まった頃、テントの中でもがいていた鬼が自分の身に纏わり付いていた布を力任せに引き裂き、ついに身体の自由を取り戻した。


 その場にいた一般生徒達のうち、無事な生徒はほとんどすでに逃げ出していたが、一部負傷している生徒は“戌”のほこらの付近で治療を受けている。鬼をそちらに行かせるわけにはいかない。


「坊ちゃん!」

 少し離れた位置に陣取っている一団の中で秋山が鬼を指さすと、打ち合わせ通りに徹が初撃を繰り出した。


「炎よ!」


 徹の作りだした炎の弾は寸分違わず鬼の頭部に命中する。しかしろくにダメージを与えられたようには見えない。

 が、それも折り込み済みだ。徹は間髪を容れず第二劇を発射、これも命中。


 ――がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!


 戦鬼が叫び、こちらを向いた。その目は自分を攻撃した卑小なものに対する怒りに燃えている。

 次の瞬間、鬼が走り出した。足元に広がっている布に足を取られているためか、それほど早くはない。


「来るぞ!」

 秋山が叫んだ。


 鬼が布の上を抜けて地面にさしかかると、速度がぐんと上がった。速度が乗った攻撃は先ほど慎一郎がテントの中で受けた一撃とは比較にならないだろう。あれを食らうわけにはいかない。


 みるみる迫ってくる戦鬼。今すぐ逃げ出したい気持ちを堪えてその場に留まる。近くにいる剣術部員の中には顔を真っ青にして足が震えているものまでいる。しかし、ぎりぎりまで引きつけて回避するしか、あの巨大な悪意の塊の攻撃から身を守ることはできない。


「全員回避!」

 秋山の叫び声と同時にその場にいた十数人が一斉に左右に飛び散った。


 猛スピードで走る鬼は目の前の“獲物”の動きに気を取られ、どれをターゲットにするか一瞬迷ったようだが、結局は何もできずにその場を通り過ぎた。

 通り過ぎたあと、鬼は急ブレーキをかけた。ずざざざざ……と土煙を上げ、十五メートルほど進んだところで止まった。


 すかさず剣術部と〈竜王部〉の部員達が鬼の周りを遠巻きで囲う。鬼のパンチの射程に入るか入らない限り斬りの所を見極めて位置取りする。近すぎると攻撃を食らってしまうし、離れすぎても敵に一瞬で間合いを詰められたらおしまいだ。相手に攻撃が届くと思わせておいて届かない距離というのが理想的なのだ。


 全員で囲ってこのおそるべきパワーとスピード、耐久性を持つ化け物に体力を使い切らせる作戦だ。




 ――ぐるるるるるるるる……。


 取り囲まれた戦鬼が周りを見渡す。それはまるで、目の前に並べられたご馳走を前に、何から食べようか迷っている子供のようだった。

 いや、実際それに近い心境なのだろう。戦鬼オーガという種族は破壊と殺戮を何よりも好む。この状況こそ戦鬼が最も待ち望んでいた瞬間なのかもしれない。


 ――うがぁっ!


 鬼がパンチを繰り出した。しかし目移りしていて、十分に距離を取っていた剣術部の部員は難なくこれを回避した。


「はぁっ……!」

 すかさず真後ろにいた金子が鬼の背中に渾身の力で斬りかかる。鬼の背が薄く切れたが血が流れることもなくみるみる塞がっていく。


「ちっ。まるで効きやがらねえ」

 金子が毒づいたが、これは予想されたことだ。頑強な肉体と度を超えた治癒能力。戦鬼のこうした特性はよく知られている。金子の攻撃は鬼にダメージを与えることではなく、鬼の注意を散漫にさせて、一度攻撃した相手に距離を詰めて追撃させないようにするためのものだ。


 ――がぁっ!


 背後から攻撃を受けた鬼は苛立ち紛れに両腕を振り回した。

 しかしそれはやはり十分に距離を取り、しかも鬼に比べて背の低い人間達にはかすりもしなかった。


 ――がぁぁぁっ!


 攻撃が当たらなかったと察した鬼は背後の攻撃をしてきた人間がいた場所に振り向きざまにパンチを繰り出したが、すでに金子は十分に間合いを取っており、それを易々と躱す。

 攻撃を外した鬼はまた別の部員をターゲットに定め睨みつける。


「ひっ……!」

 殺意のこもった視線に睨まれた部員がすくむ。鬼が再び右手を振り上げて、その必殺の拳を振り下ろす――


「させるか!」

 その時、不可視の腕に握られた八本の剣が一斉に鬼の頭部めがけて攻撃を始めた。あるものは鬼の視界を遮るように、そして別のものは鬼の視界の隅をちらちらと見え隠れするように。

 もちろん、慎一郎とメリュジーヌ、二人の〈浮遊剣〉である。


 ――うがぁぁぁぁぁっ!!


 この攻撃で鬼にダメージを与えることはもちろんできない。しかしどんな生物であろうと、目の前で小さな影がちらちらと飛び交えば鬱陶しいものである。

 鬼は集中力を切らし、浮かぶ剣を払おうと両手をめちゃくちゃに振り回すが、もちろんそんなことで八本の剣を払うことはできない。まさに暖簾に腕押しだ。


 そうしている間に睨まれた部員も冷静さを取り戻して間合いを取る。そして後ろに回った徹の魔法が鬼の頭部に炸裂して、また鬼の注意を逸らす。


「よし、行けるぞ!」

 徹の声は弾んでいた。今のところ、鬼を疲れさせて戦意をなくす作戦はうまくいっているように思われた。


 まだ、このときは……。

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