狂える戦鬼
狂える戦鬼1
聖歴2026年10月3日(土)
――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!
剣術部のテントがある地下迷宮内部の大きな部屋の端に現れたそれが上げた雄叫びは、そこにいた生徒達の注目を集めるのには十分であった。
「なんだ……?」
「おい、あれ見ろよ」
「よく見えないな……モンスターか?」
「あれも剣術部の出し物じゃねーの?」
「ああ、なるほど」
「おーい、がんばれよ! 今度は簡単に負けるんじゃないぞ!」
男子生徒の一団が暢気にそれに声援を送る横で、慎一郎達は身体を震わせていた。
「おい、慎一郎……」
「ああ、わかってる」
あれが何かはわからないが、一つだけ確実なことがある。今まで見たこともない危険なモンスターだということだ。それは、〈守護聖獣〉の比ではない。
モンスターとは、人に悪意をもって害を与える生物。
その定義に従うのであれば、あれはモンスターの中のモンスターといえる。静かにたたずみこちらを睨みつけるその眼光の中には計り知れない敵意と害意が感じられる。
我知らず身体がぶるりと震えた。身体に力が入り、手のひらは汗でびっしょり濡れている。
「――“鬼”だわ」
結希奈がただ一言言った。その存在はこれまでも度々結希奈の口から語られてきた。
「っつーことは、あれが四百年前に巽さんに封じられたっていう……?」
今から四百年前、この地で暴れた“鬼”を一人の武者と一柱の竜が封じ、その結界を守るために神社を作った。その武者の子孫が高橋結希奈であり、竜はそこで巫女として働く巽。
そしてその封じられた“鬼”というのが――
『
“戦鬼”とは人によく似た姿をしたモンスターである。知性はあるが、その知性と生き様の全てを戦いと破壊に費やすことから、亜人ではなくモンスターに分類される。かつては世界中に分布していたが、その凶暴さと危険度から人と竜によって少しずつ駆逐され、今ではほとんど生き残りもいない。
はずだった……。
――あおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
戦鬼が再び雄叫びを上げる。それは今まで四百年もの長きにわたる間封じられたことに対する怒りか、それとも自由を得たことに対する喜びか。
「な、なあ。だったらさ、今すぐ巽さんに来てもらってもう一度あいつを封印してもらえばいいんじゃね?」
徹の提案に結希奈はゆっくりと首を振った。
「ダメ。さっきから何度も〈念話〉しようとしてるんだけど、全然繋がらなくて! もしもし、巽さん! 巽さん!」
「ホントだ! さっき雅治さんに繋がらなかったのがまだ続いてやがる! 何だよ、魔力障害って! 斉彬さんとも連絡が取れねえ!」
半ばパニックに陥りつつある徹と結希奈を前に、慎一郎は冷静に事態を考えていた。
「あいつはやばい。あれがここで暴れたらただじゃすまない。今すぐここからみんなを逃がすべきだ」
「そ、そうだな。俺、雅治さんに相談してくる」
「頼む、徹」
地震の後、テントの中へ入っていった秋山を探して徹が走っていった。
「ゴン、頼みがある」
「なんすか? おいらにできることなら何でもするっす!」
「地上に戻って、斉彬さんとこよりさん、今井さんを連れてきて欲しい。多分、戦力が必要だ」
「わ、わかったっす!」
ゴンがここから最も近くの地上への出口がある剣術部の部室の方へ走っていった。
最悪なのはあいつが生徒達のたくさんいるテントの近くまで来て暴れ出すことだ。それを避けるためには“鬼”を誘導して少しでもここから離すしかない。
「結希奈、サポートを頼む」
「あんた、何するつもりなの? まさか……」
「大丈夫だ。無茶はしない」
慎一郎は少しでも結希奈を安心させようと微笑んだ。その時である――
『来るぞ。気を抜くな!』
メリュジーヌの警告に意識をそちらに向けた瞬間、信じられない速度で“鬼”がこちらに向かってきた。おそらく、彼らでなければ視認することすらできなかっただろう。
「――――!!」
ほとんど風と一体化したその悪意の塊は、丸腰で身構える慎一郎達のすぐ脇を通り過ぎ、剣術部が出し物を行っているテントの壁面に衝突した。
乾いた音と破壊音。
戦鬼は先ほどの地震では揺らぎもしなかった板で補強されているテントの壁をまるで紙のようにつき破り、その中へと入っていった。
――うぉぉぉぉぉぉぉぉ……!
戦鬼の雄叫びと、その直後に巻き起こる破壊音、そして生徒達の悲鳴。
「くそっ、間に合わなかった!」
戦鬼の開けた穴からテントの中に入ろうとする慎一郎。それをメリュジーヌが止めた。
『待て。丸腰では危険じゃ』
「だからって、このまま放っておく訳にはいかないだろう!」
『落ち着け! こういう時ほど冷静さを忘れるでない!』
メリュジーヌの叱責がとんだ。そしてメリュジーヌは傍らで崩れ去った運営事務局の簡易テントに意識を向ける。
『あれじゃ』
崩れたテントの下に何本かの剣が見えた。ショーに使う予備の剣だろう。慎一郎がテントをめくると、倒れた剣立てから散らばった剣を見つけた。
「これ、借ります!」
すでに混乱の最中で慎一郎の言葉に対する返事などなかったが、彼は律儀にそう言って落ちている剣を両手に持つ。
感触を確かめる。彼が普段つかっている〈エクスカリバーⅡ〉よりもずいぶん軽く、質も悪いが、贅沢は言っていられない。
「よし」
そう言うと落ちていた剣のうち、四本がふわりと浮かび上がった。続いてさらに四本が浮かび上がる。
慎一郎が操る四本とメリュジーヌが操る四本、合計八本の浮かぶ剣を従え、慎一郎は駆け足で破壊の渦の中にあるテントの中へと入っていった。
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