剣術部の晴れ舞台、そして……6

「秋山さん!」

「おう、浅村。それに坊ちゃんも。どうだ、楽しんでるか?」


「雅治さん、そのことについてちょっと話が」

「どうしたんだよ、なんか問題でも?」

 秋山が気安い調子で『坊ちゃん』こと徹に聞いた。


 その時、。強大な魔力をその身に浴びたときに感じる“魔力酔い”に似ているが、少し違う。もっと不愉快で、生命そのものを侮辱するような嫌悪感。


『なんじゃ、この不愉快な波動は……!』

 眠っていたメリュジーヌのアバターがこれまで見たこともないような険しい表情を見せていた。


 その時である。天地がひっくり返るほどの衝撃を感じたかと思うと、地下迷宮そのものが激しく揺れた。




「ありがとうございました~!」


 瑠璃は施術を終えて仮店舗をあとにする客を担当の部員とともに見送った。客は何事もなかったような顔をして森の中からそそくさと部室棟の方へと向かっていった。

 この日、風紀委員会からの摘発を逃れるためにこれまでに実に四回もの店の撤収と再構築を繰り返しているものの、それにもかかわらず客の入りは上々である。


 しかしさすがに午後になって客の足は鈍りつつあった。そろそろ戦略を変えるべきか。客足が止まる前に次の手を打たないと、客が入っていない店に新しい客は寄りつかない。


「う~ん、出店してる子達にも来てもらえるようにしないとな。とりあえずは休憩中の子にお試しでそのまま現地で三分くらいサービスしてあげて、その後割引券を……」

 そう考え、瑠璃は眷属の一人を呼んだ。


「誰か、手の空いてる子一人一緒に来て!」

「はい!」


 カーテンの奥から、フリルのたくさんついたナース服を着た女子が現れた。彼女も瑠璃の眷属の一人である。魔法で女子高生の姿をしているだけで、本来の姿はサルなのだ。


 長い髪をツインテールにまとめている、少し背の高い女の子だ。全体的にスリムで、胸は瑠璃よりも小さい。


 “さる”の眷属たちは全員、〈守護聖獣〉である瑠璃に遠慮しているのか、瑠璃よりも胸が小さい。それが男子生徒達からいやし系白魔法同好会唯一の弱点であると言われていることなど、彼女たちは知るよしもなかった。


「勧誘がてらお試しとして三分くらいサービスすするから、お願いね」

「かしこまりましたぁ!」

 瑠璃はツインテールの部員を引き連れて仮店舗から森を抜けて部室棟の方へと向かう。


 その時……。


「ぐふっ……!」

 腹の中から何かが突き破ってくるような激しい痛みを覚え。その場にうずくまる。驚いた眷属が駆け寄って瑠璃の背に手をかける。


「マス……部長、どうされました? 大丈夫ですか?」

 そうしている間にも痛みは断続的に続いている。咄嗟に痛み止めの魔法を展開したが、そんなのはお構いなしに激痛が走る。いや、痛み止めの魔法がなければとうに死んでいただろう。それくらいの激痛だ。


「部長? 部長? しっかりしてください! 誰か! 来て下さい! 部長の様子が……!」

 眷属が心配そうに瑠璃に声をかけ、どうにかしようとほかの眷属を集め出した。まずい。ここで眷属たちに弱気なところを見せるわけにもいかない。


 瑠璃は意思の力を総動員し、さらには痛み止めの魔法を四重に強化してなんとか立ち上がり、笑顔を――彼女の中ではそうだったのだ――見せた。


「だ、大丈夫だ……」

「で、でも部長。すごい汗。それに顔色も悪いし……」

 自らの主を本気で心配する眷属だったが、瑠璃にはその行為そのものが腹立たしく感じられた。自分がこれほど苦しんでいるのにお前は何だ!


「い、いいから下がれ……。持ち場に戻るんだ……」

「し、しかしそのご様子では!」

「いいから言うことを聞けってんだ! ブチ殺されたいのか!」

「は、はい……!」


 本気の殺気を向けると、眷属は顔を青くしてその場を立ち去った。立ち去る時もちらちらと心配そうにこちらを見ているのが罪悪感を刺激してくる。


「ちきしょう、何が起こってるんだ……」

 そうしている間にも腹を突き破りそうな痛みは持続している。しかし、ここに留まってはいつ眷属たちにこの無様な姿を見られるかわからない。


 瑠璃はその想いだけで〈転移門ゲート〉を開いた。あらかじめ転移先を設定しておけば単体で開くことのできるタイプの〈転移ゲート〉の魔法だ。

 這うようにしてそれをくぐり、転移先の場所へと移動する。


 そこで、瑠璃は愕然とした。


 転移先に設定していたのは地下迷宮内、彼女が居を構える石造りの砦の中だ。そこはきれいに整備され、静謐な空間と芳醇な魔力が満ちあふれる聖なる空間。“申”のほこらのはずであった。


「な……ん……じゃ……こりゃぁ……!!」


 しかし、瑠璃の目の前に広がっていたのは半ば崩落した洞窟。石造りの砦も、その周囲を固めてある魔術的な補強も全てが強大な力で破壊され尽くされた廃墟でしかなかった。


 そしてあたりに充満するどす黒い悪意。先ほどから瑠璃の腹を食い破って出て来るのではないかと思われた痛みは全て、この“申”のほこらに対する攻撃だったのだ。


「ちく……しょう……やりやがった……な……」

 瑠璃は口から大量の血を吐き、瓦礫の山に崩れ落ちた。そこに駆けつけてくれる眷属はもはや誰もいない。




 〈竜海神社〉で巫女である巽がやらなければならない仕事というものは、実はそう多くはない。

 神社としてしなければならない仕事はほとんど〈竜海神社〉の宮司である結希奈の父親が取り仕切っていたし、今は外界と隔離されている現状ではその神事自体もない。


 いや、それ以前にこの神社のご神体は巽その人なので、彼女自身が神に祈りを捧げたり神の声を聞く必要はないのだ。

 だから彼女の仕事はもっぱら神社――と、彼女たちの住まいである母屋の掃除になるわけだが、元来生真面目できれい好きな巽は北校封印後も自らに貸したこの役割を一日も欠かすことはなく、〈竜海神社〉と高橋家の母屋は築年数にそぐわないほどきれいに維持されていた。


 この日、その瞬間も巽は竹ぼうきを持ち、境内の落ち葉を掃いていた。この季節になると落ち葉が多いので、巽はやりがいを感じていた。

 その時である――


「――――!!」


 最初は身体全体を襲う大きな衝撃を受けた。次に、四肢を引き裂くような強烈な痛み。少し遅れて頭の中をかき回されるような不快感。

 巽は思わず手に持っていた竹ぼうきを取り落として膝をついた。赤い巫女服が土で汚れたが、そんなことを気にする余裕はとてもない。


 〈竜海神社〉の境内の中で巽は四つん這いになり、見えざる敵に攻撃に対して必死に抵抗する。この、身体を引き裂くような痛みと頭の中をかき回すような感覚。それは間違いなく敵が“辰”と“巳”のほこらを攻撃している証だ。


 感覚を結界の全体に広げる。“申”のほこらを含めた、残り十箇所のほこらは全て破壊されたようだ。ここが最後の砦となる。

 それは想定された事態であった。この〈竜海神社〉が何者かによって魔術的に封印されたときから最悪の事態として想定していた。


 もうろうとする意識の中、巽はあらかじめ構築していた術式を脳内で起動する。竜人である彼女は人間とは異なり、〈副脳〉の手助けなく高度な魔法を展開できる。

 構築した魔術式から防壁が立ち上がり、ふたつのほこらに対する攻撃に対抗する。


 防壁はほこらを構成する術式を囲うように組み上がり、攻撃を受け止めた。そこからそれを逆手にとって術者を逆探知するように押し返していく。

 敵の攻撃が弱まったように感じた。その瞬間、巽は畳みかけるように防壁を攻性術式に切り替えた。


 術式は敵の攻撃の上を滑るように伝播していき、相手の術者へとたどり着いて敵の脳を焼き切る。そういう魔術だ。

 巽の魔法は思惑通りに敵の攻撃をたどっていき、ついに術者と思われる人物にまでたどり着いた。


 しかし、敵の方が一枚上手だった。


 敵を追跡していた巽の攻性魔法の動きが一瞬止まった。それと同時に、それまで巽の魔法の足場にされていたほこらを攻撃する敵の魔法が矛先を巽の方へ変えてきた。


 それはまるで、巽の攻撃を一瞬にして学習してやり返したかのようだった。


 敵の魔法が巽の攻性魔法を逆流して襲いかかってくる。

 巽は瞬時に術式を破棄して自身の防御にまわったが、魔法の伝播する速度に反応するには例え竜人の能力をもってしても不可能だ。


「ぐ……ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」

 敵の攻撃が巽の脳内を駆け巡った。


 目と耳と口と……あらゆる所から血を吹き出して巽は意識を失った。

 その直後、本殿近くの地面がその地下にあった“辰”のほこらの消失により大きく崩落したが、その音を聞いた者は誰もいなかった。

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