剣術部の晴れ舞台、そして……5

 〈竜海の森〉のまさに中心部。以前〈竜王部〉が何かないかと探し回って結局何もないと判断を下した場所からさらに十数メートル下った場所にはいた。


 彼らにとってそこは極めて重要な場所であった。魔法陣で重要となるのは外周と中央。外周をすでに押さえている彼らは、最後のトリガーをここで起動させる。

 中心部に何かあるのではという〈竜王部〉の見立ては決して間違っていなかった。ただし、それは『何かあった』ではなく、『これから何かが起こる』のであった。


 〈竜海の森〉の西部にある拠点から中央部にあるここまで直線でおよそ一キロメートル。そこまでをほかの通路にぶつからないようにこっそりと掘り進めるのは彼にとって難しいことではなかった。彼には彼の意のままに忠実に動く兵隊達がいたからだ。


「いいぞ。やれ」

「…………はい」


 光の全く差し込まない暗闇の中で彼が命じると、〈黒巫女〉はその場――ミリ単位で設定された〈竜海の森〉のまさに中心部――に跪くと祝詞を唱え始める。人では発音できないはずの音声を人の喉が奏でる。


 それは黒を白に、正を邪に、光を闇に、未来を過去に、そして停滞を活性に変える魔法。神を侮辱し、闇を崇拝し、人々の絶望を願うその祝詞によって聖なる力に支えられる魔法陣の十二箇所が変異を起こす。聖なる力は邪悪なる力に変異し、その結界は結界としてではなく、そこに封じられたものを呼び覚ます。より、凶悪なものとして。


 だが、それすらも彼にとっては副作用でしかなかった。彼の本当の目的は――


 〈黒巫女〉が朗々と祝詞を唱えると彼女の周りにあらかじめ用意してあった魔法陣が闇に堕ちていく。闇よりもなお暗いその魔法陣から地下の霊脈を通じて汚された力は倍増していく。


「…………………………………………!」


 最後の一言を唱え上げると、〈黒巫女〉は音もなく倒れ込んだ。彼女は全ての体力を使い果たし、今や指一本動かすことはもちろん、まぶたを動かすことすらできない。彼女の口からは酷使した喉から大量の血が流れ出していたが、それを気にとめる者はこの場には誰もいない。


「ふふ……」

 魔法の完成を見届けた男が笑い出した。それはこれまで秘密裏に進めていた準備の完成を喜んでのものか、それともこの先に待ち受けるさらに大きな災厄を確信してのものか。


「ふはははははははははははははははははははは……!」


 いずれにしろ、彼は大きな喜びの中にあった。あの日、大いなる屈辱を受けて以来の喜びか、それとも炭谷豊という卑小なる身にその人格を宿さねばならなくなって以来の喜びか。


「舞台は整った。来い、! 全てはお前の思うがままだ!」

 次の瞬間、炭谷の姿がかき消えた。“それ”を迎えるためのくらへと向かったのだ。


 暗闇に残された〈黒巫女〉――剣術部マネージャーの岸瑞樹きしみずき。もはや彼女が炭谷に顧みられる日は来ない。

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