剣術部の晴れ舞台、そして……4

 金子の戦いはその後も続いた。いずれも地下迷宮から連れてきたモンスター達なのだろう、獰猛な三匹のクマであったり、無数のクモであったり、巨大なうごく樫の木であったりしたが、そのいずれも金子は難なく倒していった。そのたびに会場は盛り上がる。


 あの後、メリュジーヌは何も話さなくなった。最初はあれほど興奮していたのに、思ったよりもレベルの低い戦いに飽きて眠ってしまったようだ。

 慎一郎も徹も結希奈もなんとなくその後の戦いを見ている。帰るにも秋山に招待されて来たのだからそう簡単に帰れないという事情もある。


 一方、会場は飽きることのない興奮のるつぼの中にあった。

「うぉぉぉぉぉぉ……! すごいっす! すごいっす!」

 ふと、そんな声が聞こえた。


 見ると、観客席の最前列で柵にかぶりつくように金子とモンスターとの戦いを見入っている小さな影。

 人の腰くらいの小さな身体に青い体毛、そして犬によく似た顔。


「ゴンじゃねーか」

 徹が犬の亜人――コボルトに声をかけると、コボルト村の戦士長はこちらを向いていつもの人なつっこい笑顔を向ける。


「おや、これは皆々様。皆様もいらしてたんすね。いやー、これは凄いっす。燃えるっす!」

 ゴンは慎一郎達の所に小走りに駆け寄ってくると短い腕をぶんぶん回して興奮を全身で表現する。


「人間のお祭りはコボルトのお祭りよりもスケールがでかいっすね! さすがっす!」

 引き気味の慎一郎達に今日の戦いのどこがよかったを熱弁するゴン。その姿はまるでお気に入りのおもちゃの良さを熱弁する子供のようだ。こう見えてもゴンはコボルトとしては大人のはずなのだが。


 そのゴンの熱弁の最中、突然周囲の観客のボルテージが上がる。金子が長さ五メートルもあろうヘビのモンスターを両断したのだ。

「ああっ、しまったっす! 決定的な瞬間を見逃してしまったっす!」

 興奮の頂点から絶望の奈落へと落ち込んだかのようにがっくりと膝をつくゴン。


 しかしその絶望を救うかのように再びナレーションが場を盛り上げる。

『さあ、ここまで連戦連勝の我らが金子! しかし、この最後の敵はどうだ? 次のモンスター、カモン!』

「うぉぉぉぉ……! 次はどんなモンスターが出てくるっすか!? 早く出すっす!」


 再び鉄の扉が重々しく開き、暗闇から一匹の獣が現れてくる。

「なんだ……? 最後の敵にしちゃ、ずいぶん小さいな。あまり強そうにも見えないし……」

 金子さんの体力を考えてのことか? だったらさっきのヘビで終わりにしときゃよかったのに。と徹が首をひねる。


 そこもそのはず。扉から出てきたのは大型犬くらいの大きさのモンスター。いや、大型犬そのものだ。身体は全体的に細く、青い体毛はくたびれているせいか全体的に倦怠感すら感じる。首にかけられている金属製のギラリと光る首輪だけが激しく自己主張をしている。

 とぼとぼと歩いてくるさまは徹の言うようにとても強そうには見えない。


 しかし観客はそんなことはお構いなしに盛り上がる。先ほどのヘビを倒した時からボルテージは一向におさまる気配はない。


 しかし――


「な、なんで――」

「どうした、ゴン?」

 ゴンの豹変を心配した慎一郎がゴンに手を伸ばすが、小さな戦士長はその手をすり抜けるように観客席の最前列へと走っていく。


 そして、先ほど目を輝かせながら戦いを見ていたときと同じように観客席の柵を両手で握る。しかし今度は怒りに両手を震わせて。


「あ、あれは……〈犬神様〉っす……!」

「…………!」「何だって!?」


 〈犬神様〉こと“戌”の〈守護聖獣〉はこの地を守る十二の〈守護聖獣〉のうちの一体だが、それは同時に眷属であるコボルト達から〈犬神様〉と崇め奉られていた存在だった。

 しかしこの地に起こった異変のために〈犬神様〉は狂ってしまい、結果的に剣術部によって倒されてしまった。

 巽の話によると、再建されたほこらにはやがて次代の〈守護聖獣〉が育つというが……。


「おい、ゴン。あれは本当に〈犬神様〉なのか?」

 徹の問いにゴンはイヌのモンスターから目を離さずに頷いた。


「間違いないっす。おいらたちコボルトは見ればわかるっすよ。あれは間違いなく〈犬神様〉っす……」


 ゴンの手は怒りに震え、掴んでいる鉄の柵を今にも握りつぶしてしまいそうだ。ぎりりと噛んだ歯の音が聞こえた。


「やめさせよう」

 慎一郎の提案に徹と結希奈が頷いた。徹はこめかみに右手の人差し指を当てた。剣術部の部長である秋山に〈念話〉をかけているのだろう。しかし――


「くそっ、繋がらねえ! 魔力障害って、なんだよこれ、見たこともない!」

「秋山さんのところへ直接行こう! ゴン、行くぞ!」


 慎一郎がゴンの手を引いて人混みをかき分け、テントの反対側にある入り口へと早足で歩き出す。その後ろを結希奈と徹がついてくる。入り口の女子マネージャーに聞けば秋山の居場所がわかると考えた。


「すいません、剣術部の秋山部長はどこにいますか?」

 エントランスで入場料を払おうとしていた男子生徒を押しのけて受付のマネージャーに開口一番切り出した。隣で男子生徒が文句を言っているが、構っている場合ではない。


「え……? 部長でしたら外の控え室にいるはずですが……」

「ありがとう!」

 それだけ言い残してマネージャーが指さした方向へ徹と結希奈とともに走り出す。ゴンも手を引かれるわけではなく、自分の足で走っていった。


 途中、テントの中で大歓声が沸き起こった。あれはもしかすると金子が〈犬神様〉を倒した歓声なのかもしれないと慎一郎は思ったが、その可能性を頭から振り払うように走る。


「あれだ!」

 徹が指さした先には木の柱に布の屋根が取り付けられただけの簡易なテントがあり、その柱には『運営事務局 関係者以外立ち入り禁止』と書かれた板が張り付けてあった。


「秋山さん!」

 テントの中で部員達に指示を出している秋山を見つけて呼びかける。秋山はその声に気づいてこちらを向いて、笑顔で手を振った。


 部員達の制止を振り切って慎一郎達は険しい表情でテントの中に入っていく。


「おう、浅村。それに坊ちゃんも。どうだ、楽しんでるか?」

「雅治さん、そのことについてちょっと話が」

「どうしたんだよ、なんか問題でも?」

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