剣術部の晴れ舞台、そして……3
「すいません、十五分コースお願いします!」
「はぁい♡ 一名様ごあんな~い」
フリフリのナース服の女子が彼女に声をかけた男子の肩を押して人気のない木々の間に分け入っていく。
少し入ったところには木の枝に真っ白なカーテンで部屋のように区切られたスペースがあり、その中には簡易組み立て式のベッドが置かれているのが見えた。
それらの前にはのぼりがかけられており、『いやし系白魔法同好会・ゲリラ出張所』と書かれている。
そう。ここは松坂瑠璃率いるいやし系白魔法同好会が文化祭三日目にゲリラ的に開催してるマッサージ屋だ。
「いらっしゃいませ♡」
「いらっしゃいませ♡」
「いらっしゃいませ♡」
瑠璃に案内されてやってきた男子生徒が瑠璃と同じナース服を着た女子生徒達の出迎えを受けて締まりのない顔になる。
彼女たち、いやし系白魔法同好会の部員達は全員が“申”の〈守護聖獣〉である
「お客様、十五分コース、二番ルームにご案内」
「はぁ~い、かしこまりましたぁ♡」
別の女子が今入ってきた男子生徒の手を取ってカーテンの向こうに誘っていく。
瑠璃の『いやし系白魔法同好会』は多くのかわいい女の子――全員瑠璃の眷属だが――が優しくマッサージをしてくれるサービスにより、莫大な利益を得ている。
かわいい女の子を揃えたというだけでなく、何かと肉体労働が多くて疲れがちの今の北校生のニーズにぴったり合致したという事情もあるだろう。
最初は北高が封印されたことによって外に物資を調達できなくなった瑠璃が気まぐれで始めたサービスだったが、今では完全に利益を上げることがメインになってしまっている。
もちろん、いかがわしい行為などは一切ない。そこの管理はとてもしっかりしている。
そういう噂が立てば、客候補の半分を占める女子が来てくれなくなるからだ。取り締まりも厳しくなる。風紀委員会の取り締まりは〈守護聖獣〉である彼女にとっても厄介だった。
「さて、次のカモ……じゃない、お客様を……」
と、瑠璃が森の中の仮設店舗から多くの店が出店している部室棟の方へと移動しようとしたところ、今まさに向かおうとしている部室棟の方から甲高い笛の音が聞こえてきた。
ピィ――――ッ、ピィ――――――――ッ!!
瞬間、瑠璃の表情はこれまでの勧誘モードから一転、険しいものに変わった。そして眷属たちに向けて叫ぶ。
「ガサ入れだ! 全員、ただちにBモードで撤収! 十五分後にアルファ地点で再構築! 散れ!」
するとカーテンの中にいたナース服達が一斉に外に出てきて木の枝からカーテンを外し始めた。あっという間にカーテンを取り外したかと思うと、ベッドの上にうつ伏せになっていた客をどけてベッドに手をかける。
パイプで作られたベッドはワンタッチでコンパクトにまとまるようになっており、あっという間に小さくまとまってしまった。部員達は三人一組でキャスター付きのそれを森の中へと運び入れてしまった。
それまでいくつもの仕切りがあった森の一角は、瑠璃の号令から一分も経たないうちに何の変哲もない森の姿を取り戻した。
眷属たちの撤収を確認した瑠璃も素早く木々の間に身を翻して姿を消した。その直後、腕に黄色い腕章をかけた男子生徒達が何人かが森の中に分け入ってきた。手には伸縮式の棒を持っている。風紀委員会の文化祭治安維持特別チームの生徒達だった。
通報を受けて急ぎやってきた彼らだったが、すでにゲリラマッサージ店の痕跡は微塵もなく、そこには呆然とした幾人かの客が立ち尽くしているだけだった。
「くそっ! また逃げられた!」
風紀委員の一人が地団駄を踏んだ。
これで取り逃がしたのはこの日三回目である。
この日、風紀委員会が摘発した生徒は十人を超えるが、いずれも『いやし系白魔法同好会』の客で、部員や部長の松坂瑠璃の確保には至っていなかった。現行犯でなければ摘発はできない。この日を逃せばこの違法マッサージ店の摘発はできないのだがそれをあざ笑うように『いやし系白魔法同好会』は営業を続けていた。
十五分経って、あらかじめ決めておいた集合地点“アルファ地点”に瑠璃が赴くと、折りたたまれた簡易ベッドを脇に、眷属たちが全員集まっていた。
そんな彼女たちをぐるりと見渡すと、瑠璃は満足そうに頷いた。その表情は先ほどまでの柔和な表情に戻っている。
「うん、問題ないみたいね。それじゃ移動~。十分後に第三拠点で営業を開始。あたしは客を探してくるから、店の構築、頼んだわよ」
「はい!」
眷属たちの小気味よい返事を背に受けて、瑠璃は再び部室棟の方へ向かって歩いて行った。
「ふふふ。順調順調。今日の売り上げはいくらになるかしらね。ふふふん~♪」
上機嫌の瑠璃は我知らず鼻歌を歌い出していたのだった。
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