剣術部の晴れ舞台、そして……2
剣術部の女子マネージャーに通してもらい、テントの中に入った。
『ほう……これは……』
メリュジーヌが感嘆の声を上げた。中は大勢の人が中央部分で行われている何かに向けて必死に声援を行っている。
メリュジーヌに言わせると、さながら古代のコロシアムの雰囲気によく似ているということらしい。竜王になる前にドラゴンの姿のまま飛び入り参加したのだとか。
テントの外周を回り、入り口と反対側にまわる。その辺りまで歩かないと人が多すぎて中央部分にたどり着けないのだ。テントの中はすり鉢状になっており、階段を降りるように中央へと歩いて行く。
人の切れ目からテントの中央にあるものが見えてきた。
すり鉢状に下っている観客席からさらに低いところには四方を金網に囲まれた縦横十五メートルくらいの空間。そこに一人の袴姿の男子生徒が立っている。
秋山が着ていたのとは少し色の異なる袴を着用した男子生徒は右手に光る大きな剣を持っている。
「ありゃ、金子さんだ」
徹がつぶやいた。慎一郎も彼のことは知っている。少し前に地下迷宮の中でトラブルになり、刃を重ねた。
金子は両足を肩幅ほどに開き、両手はだらりと下ろしている。以前、地下迷宮で対峙したときとは異なり、かなりリラックスしているようにも見える。
『皆様、お待たせしました――――っ!』
テント全体に響くような大きな音でアナウンスが行われた。その瞬間、周りの観客達のボルテージが一気に上がる。彼らは今ここに来たばかりの慎一郎とは異なり、前からここにいて金子の出番を待っていたのだろう。
『本日のメインイベント!』
さらに盛り上がる周りの観衆。何が起こるのかわからない、慎一郎達はたじろぐばかりだ。
『盛り上がってきたのぉ。やはりこうでなければ……!』
どうやら、メリュジーヌも興奮しているようだ。
「ジーヌ、今から何が起こるか知ってるの?」
『何を言っておるか、ユキナよ。この建物の形、観客のボルテージ。中央で出番を待つ剣士とくれば何が起こるかなど決まっておる! それは……!』
「それは?」
『戦いじゃ! 血湧き肉躍る戦いじゃ!』
そうしている間に、金子の正面――ちょうど入り口真下に当たる場所にあった鉄格子が重々しく開いていく。
「…………!」「ありゃあ……」
慎一郎と徹、結希奈が息を呑む。
扉の奥の暗がりから現れ出でたるのは、幅二メートル、高さ四メートルもあろう巨大な鉄の扉を突き破って出てくるのではないかと思えるほどの巨大な牛――いや、ウシのモンスター。
ウシは腕ほどの太さのある四本の鎖を持つ四人の剣術部員達によって縛られているが、ウシがひとたび暴れ出すとまるで紙テープのように鎖は千切れ、いとも簡単に四人の部員達は弾き飛ばされてしまった。
それで観客達はますますヒートアップする。
巨大なウシの前に立つのはたった一つの人影。
金子は同じ世代の男子生徒に比べれば格段に体格が良いが、それでも巨大なウシを前にしてはあまりにも小さく、頼りない。
『さあ、盛り上がってまいりました! 剣術部の精鋭四人をあっという間に蹴散らした獰猛なモンスター! それに対するは我らが剣術部が誇る剣豪! 部長・金子ぉぉぉ、きーよーしぃぃぃぃ――――!!』
アナウンスが観客を盛り上げ、テントの中がヒートアップする。しかし、そんな熱狂の中、メリュジーヌの興奮は急速に冷めていった。
『……ふん、“剣豪”か。大きく出たな』
「え……?」
『シンイチロウよ、よく見ておくがよい。あのカネコとやらの戦いぶりを』
「何を言って……」
――ンモォォォォォォォォォォォォォ……!!
激しい雄叫びとともにウシが目の前の異物――金子に向かって突進した。
しかし金子はそれに動じることもない。ウシが迫っているというのに全く動じることがない。それどころか、眉ひとつ動かさない。
ドドドドドという、地面を揺らす音を伴いながら猛烈な勢いでウシは金子に突進してくる。金子は少し腰を落としてウシをじっと見ている。
それまで歓声に包まれていたテントがいつの間にか静かになっていた。周囲の観客達が金子の動きを息を呑んで注目しているのがわかる。
ウシがその頭についた二本のツノで金子の身体を貫こうとした瞬間、金子は大きな動きで横っ飛びしてそれを回避した。敵の攻撃をギリギリまで引きつけて回避するのは常道である。
その動きに観客がどよめく。ウシは必殺の一撃を回避されてそのまま勢いが止まらずに反対側の壁に突っ込んで壁を破壊して止まる。そしてゆっくりと後ろを振り返る。一度狙いをさだめた
しかしその時、ウシの左前足が折れて膝をついた。よく見ると、ウシの左前足に切り傷ができていてそこから出血をしている。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
金子がすれ違いざまに攻撃をしたのだ。それに気づいた観客達がさらに熱狂的に盛り上がる。
しかしウシの闘志はそれで衰えることはない。それどころかますます怒りをたぎらせ、今度こそはと金子に向かって突進し始めた。
だが単純な直線の動きしかできないウシはもう金子を捕らえることはできない。ウシは金子とすれ違う度に傷を増やし、やがてその巨体を地面に横たえた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
会場のボルテージはこれまでの最高潮に達した。
『シンイチロウよ、どうじゃった?』
「どう、と言われても……」
メリュジーヌの問いに言いよどむ慎一郎。
正直、メリュジーヌが何を求めているのかがわからなかった。今の戦いを手本にしろということなのだろうか。
だとしたらあまりにレベルが低すぎる。動きも遅いし剣の鋭さも特筆すべき所は何もない。何より、横に回避するよりもジャンプして後ろに回り込んだ方がより少ない攻撃で――もしかすると一撃で倒せる程度のモンスターではないか。確かに一撃を受ければただでは済まないかもしれないが、たった今金子が回避してみせたようにあんな攻撃はかすりもしないだろう。
仕方がない。慎一郎は思った通りをメリュジーヌに告げた。
『うむ、その通りじゃ』
メリュジーヌの返答は慎一郎の予想外のものだった。メリュジーヌは続ける。
『シンイチロウよ、そなたの目から見ればあのカネコとかいう男のレベルはその程度ということじゃ。しかし周囲を見よ』
周囲の観客は今だ覚めやらぬ興奮の中にいた――慎一郎とともに戦いを見ていた徹や結希奈を除いて。
『一般の観客からすればカネコでさえ驚愕と賞賛を受けるレベルなのじゃ。そなたはそれよりも遙か高みにいる。よいかシンイチロウよ。己の現在の立ち位置を見失うでない。己を低く見積もりすぎても高く見積もりすぎてもそこに待っているのは破滅の二文字じゃ』
以前、金子と刃を交えたとき、メリュジーヌは〈浮遊剣〉を使わずに戦えと言った。あの時点でメリュジーヌは慎一郎と金子の実力差を見切り、慎一郎の自覚を促すようにしていたのかもしれない。
慎一郎は自分の手を見つめた。彼が本格的に剣を握るようになってからまだ半年も経っていない。しかし彼の手は幾度も豆が潰れて皮膚は硬くなっていた。まだ駆け出しであるとは言え、しっかりと戦士の手になっていた。
隣に立っていた徹が慎一郎の肩に手を置いた。反対側に立っていた結希奈がこちらを見上げて笑顔で頷いてくる。
彼らが仲間で本当に良かった。慎一郎は大歓声の中、静かにそう思った。
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