文化祭三日目

剣術部の晴れ舞台、そして……

剣術部の晴れ舞台、そして……1

                       聖歴2026年10月3日(土)


「竜海の森を守る竜よ……」

 結希奈が祝詞を唱えると、彼女が跪いていた周囲の地面に描かれた魔法陣が淡く光り、聖域が浄化されていく。


 狭いほらだ。普段は光が差すこともなく、鼻をつままれてもわからないほどの暗い場所だが、今は結希奈の祈りに立ち会っている中の一人、徹の〈光球〉の魔法によって視界は確保されている。


 かつては荒れ放題だったこの場所も今はこの場所を管理する生徒達――北高、港高両校の剣術部員の手によってきれいに掃除されている。

 それだけではない。ほかのほこらでは〈竜王部〉が木工部に頼んで作ってもらっていた新しいほこらの建物も剣術部員達によって丁寧に再建されている。


 ここは“戌”のほこら。かつてコボルト達が〈犬神様〉と呼んでいた“戌”の〈守護聖獣〉を祀り、またその〈守護聖獣〉が狩られた場所でもある。


 今までこもっていた洞の中の空気が、一気に爽やかなものへと変わったような気がした。と同時に袴姿で跪いていた結希奈が立ち上がる。祈りが終わり、穢れていたほこらが浄化され、再建が完了した。


「これでよし、と」

 結希奈の顔には少し疲労の色が見られたが、やりきったという満足感に溢れていた。


「これで全部なのか?」

 慎一郎の問いに結希奈が答える。

「そのはずよ。巽さんが管理している“辰”と“巳”、それに松坂さんが管理している“申”――。それを除いた九つのほこらを全部浄化させたから」


「にしちゃ、あんま変わった気がしないな。これで学校の外に出られりゃ良かったんだけど、そうはうまくいかないか」

 徹がやれやれと首を振った。


『これで、このほこらはこの地に封じられていた“鬼”とやらを封じるもので、わしらをこの地に縫い付けているものはまた別のものであることが確定したわけじゃ』


 メリュジーヌの指摘の通り、当初は慎一郎をはじめとした北高の生徒、職員を閉じ込めていた魔術的な不可視の壁――通称、封印を構成しているのはこのほこらであると考えられていたが、〈竜海神社〉の巫女であり、また“辰”の〈守護聖獣〉としてこの結界を管理する巽との話から、これらほこらは封印には全く関係ないか、良くて封印に利用されただけである可能性が高いと思われていた。


 そして全てのほこらを正常に戻したことによってその仮説は裏付けられたわけである。

 しかしそれが福音かと言われると――


「まあ、これで脱出への道は完全に振り出しに戻ったわけだがな」

「あ……あたしは別にこのままでも……いいけど……。慎一郎はやっぱり外に出たい?」

「おれか? ……どうだろう? おれはただ、〈竜王部〉として生徒会長から脱出の手がかりを探して欲しいと言われたわけだし、そこはやっぱりちゃんとしないと……」

「もう、相変わらず真面目なんだから」


「よう、終わったならもう行こうぜ。雅治さん達にも挨拶してこないと」

 ほこらの前で話をしていた慎一郎と結希奈に、洞窟内の部屋の入り口まで戻っていた徹が声をかけた。

「ああ、すぐ行く」




 慎一郎、徹、結希奈、そしてメリュジーヌの三人と一柱が“戌”のほこらのあった地下迷宮内の洞窟から出てくると、袴姿の体格の大きな男子生徒が歩いてやってくるのが見えた。北高剣術部の部長、秋山雅治あきやままさはるである。


「坊ちゃん」

 秋山もこちらを認めると軽く手を上げて笑顔で挨拶をしてくる。


「どうだ、問題はなかったか?」

「はい、ありがとうございます、秋山さん。ほこらの再建はうまくいきました。それと、きれいにしてくださって、ありがとうございます」

 結希奈がぺこりと頭を下げると、秋山は照れくさそうに頭をかいた。


「まあ、坊ちゃんや、〈竜王部〉にはいろいろと迷惑をかけたからな。ほんの罪滅ぼしだと思ってくれ」

「そんなこと考えなくていいのに。な、慎一郎」

 徹の言葉に慎一郎も同意した。何はともあれ、北高の中に閉じ込められた五月から続いていた当初の目的である十二のほこらの再建はこれで終了したわけだ。


「それで、今日はこれからどうするんだ?」

「今日も文化祭なので、このあとは自由行動ですよ。今井さんは弓道部の人と、斉彬さんと細川さんは一緒にまわってるはずです」


 慎一郎の答えに我が意を得たりという表情をした秋山。

「なあ、浅村。それに坊ちゃんも高橋さんも」

「……? どうかしたか、雅治さん?」


「良かったら、俺たち剣術部の出し物を見て行ってくれないか? 結構気合い入ってるんだぜ」

「おぉ、今日だったのか! 行く行く。絶対行くよ。な、お前ら」

 前のめりな徹に若干引きながらも慎一郎と結希奈も「ああ」「もちろんよ」と乗り気だったので、早速これから剣術部の出し物を見に行くことにした。


「こっちだ。部室の近くに新しくテントを張ったんだ」

「へぇ、そりゃ楽しみだ。このために俺はしばらく剣術部に顔を出さなかったからな」

「ああ、知ってる。でも絶対に期待を裏切らないぞ」

「いいのか、雅治さん。そんなにハードルをあげちゃって」

「ははは。大丈夫だ。きっと驚く」


 秋山のあとについて三人が歩いて行く。しばらく歩くと、大きな布張りの建物が見えてきた。体育館ほどではないが、かなり大きい。天井の高さもある。

 周囲を木の板で囲い、屋根は大きな布を中央に裁てた大木は柱から吊り下げている。そのおかげでその建物はサーカスなどでよく見かけるテントのような装いを見せている。


「あれだ。あの中で剣術部のショーをやってるんだ」

「ショー?」

「ま、詳しくは見てのお楽しみだ」


 秋山に連れられて大きく開いたエントランスへと向かう。そこでは、剣術部の女子マネージャーが長机に腰掛けて受付をしていた。入場料に一五〇〇北高円かかるらしい。


「部長!」

 その時、テントの外から剣術部員がやってきた。彼は秋山に何事か報告すると、もと来た方へと走って行ってしまった。


 秋山は少々ばつの悪い顔をして慎一郎の所へと戻ってくると、

「悪い、急用ができて行かなきゃならなくなった」

 そう言い残してさっきの剣術部員を追いかけるように走っていく。途中で立ち止まって。


「そうそう、こいつらは入場料いらないから!」

 と受付の女子マネージャーに言い残していった。

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