姫子余談
姫子余談
聖歴2026年10月2日(金)
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あぁ、自分で言わなきゃいけないのか。面倒くさい……。
えっと……と、外崎です。今、僕はかつてないピンチを迎えています。
今日はえっと……ぶ、文化祭の二日目、の、はず……なんだけど、どうしてこうなったんだ? なったんですか……?
いや、集中、集中……。今は目の前の鋼を鍛えることだけに集中しなければならない。そうしないことは鋼に――できあがる武器に失礼だ。
赤熱した鋼にハンマーをたたきつける。その一撃、一撃に僕の全てをたたきつけるような気持ちで。それが僕の“鍛冶師”としてのやり方だ。
誰に教わったわけでもない。気がついたらそうしていただけだ。そうしないと失礼だと思ったんだ。
――けど、どうしても集中できない。
僕がハンマーを鋼にたたきつける度にたくさんの視線が僕の背中に突き刺さる。最初は気のせいだと思おうとしたんだけど、やがてハンマーを振り下ろす度に「おぉ!」という歓声が沸き起こるので、もう無視できない。
集中力を切らさないように意識しながらハンマーを振り下ろす。
カキィン!
「それー!」
カキィン!
「それー!」
カキィン!
「それー!」
な、なんか歓声じゃなくてかけ声に変わっているんですけど……! ぼ、僕の鍛冶作業は餅つきじゃない!
……なんて言えるはずもありません。はい。
ど、どうしてこうなったんだ……。マジで。
僕は鍛冶部と〈竜王部〉の掛け持ちだ。元々武器を鍛えているだけで幸せな僕は、新しい素材を手に入れる機会と新しい武器を作れる機会を求めて〈竜王部〉に入部した。〈竜王部〉での僕の仕事は留守番と新しい武器を鍛えること、そして毎日使用している部員達の武器のメンテナンスだ。
ここで何本もの満足のいく仕事ができた。あの〈竜王〉メリュジーヌにも褒められた。とても満足だ。
ところで、知ってる人も多いと思うけど、僕は人付き合いが得意じゃない。というか、鍛冶以外で得意なコトなんてなにひとつない。うひっ! 自分で言ってて悲しくなってきた……。
そんなわけだから、〈竜王部〉が文化祭でショーレストランをやると決めたときは本気でやめることを考えたのだ。
だって、ショーでレストランだよ?
ショーをやるにも、レストランをやるにも人前に出なきゃいけない。そんなこと、ぼ、僕にできるわけが……。情けないけど、これは事実。
だけど、結果的に僕は〈竜王部〉をやめずに済んだ。
部長の浅村氏が、僕は人付き合いが苦手なことをわかっててくれたから、人前に出なくていい役割をくれたんだ。
僕はレストランに出す食器類の作成を担当することになった。
ナイフやフォークはもちろん、グラスや皿まで作った。作って作って作りまくった。あまりに作りすぎて「作りすぎだよ、外崎ちゃん」と栗山氏に言われたくらいだ。
けど、その甲斐あって文化祭本番で僕は晴れてフリーになった。
フリー。ああ、なんて素晴らしい響き。これで僕は鋼を叩くのに専念できる。これほど幸せなことはない。
今日は文化祭二日目だから、今頃〈竜王部〉のショーレストランはまさに営業中だ。
しかし僕はそんなことは頭の片隅にも残さずにただひたすら鋼を叩き続けている。もちろん、鍛冶部は文化祭に不参加だ。
最近、浅村氏の扱える剣の数が増えたということで、新しい剣の注文が入った。〈エクスカリバーⅢ〉となる予定の剣だ。今造っているのはそれだ。
炉で真っ赤になるまで熱した鋼をただひたすら無心で叩く。剣を作るという仕事は命を吹き込む仕事に等しい。だからただひたすら鋼に魂を打ち込む作業に没頭する。雑念が混じると鋼にも不純物が混ざるような気がする。
だから剣を鍛えることに集中したいのに……。
「おい、なんかやってるぜ」
僕が〈エクスカリバーⅢ〉を鍛え始めてしばらくするとそんな声が聞こえた。……ような気がした。
最初は僕のことを言っているのだとは気づかなかった。その時はまだ集中していて、周りのことが全く見えなかったからだ。
でも、気がつくと僕が作業している鍛冶場の周りに人が集まっていた。
もちろん、僕は人と目を合わせるのが得意じゃないから、はっきり見たわけじゃない。でも僕の背中に視線が刺さるのをはっきりと感じた。
「こっちこっち! 鍛冶の実演やってるんだって!」
「なあ、次はバスケ部用の剣を作ってくれないか?」
うひっ! ど、どうしてそんな話になっているのですか!? これは鍛冶の実演でも、注文販売でもないのです! 文化祭の出し物ではないのです!
とは、とても言えず、僕はただひたすら熱くなった鋼を叩き続ける。そのたびに周りのギャラリー(そう、ギャラリーなのだ!)から歓声が上がる。
助けて……。
このままではダメだ。心の乱れは剣の乱れ。一旦頭を冷やして落ち着こう。
僕は金床の上に置かれている剣を持ち上げ、隣の水の入った桶につける。剣を冷やして頭も冷やそうと思ったのだ。
じゅう、と中の水が沸騰する音がする。背後で歓声が聞こえるけど、聞こえないことにした。
水の温度が落ち着いたところで剣を取り出して剣のできばえを見る。
……全然ダメだ。集中できていないせいだ。
剣を再び炉に入れて、炉に入れる空気を調整する。温度を上げてもう一度鍛え直さなきゃ。
再び熱せられた鋼を金床に置いてハンマーを打ち下ろす。後ろの観客は飽きることなくそのたびに「それー」と合いの手を売っている。もういやだ……。
額から出た汗がつつ、と頬を撫でて顎から垂れる。それは赤熱する鋼の上に落ちて一瞬で蒸発してなくなった。
ああっ、今ので鋼の温度が狂った! 思った通りの温度じゃないとちゃんとした刃は鍛えられないのに!
もちろん、そんなことはない。鋼の上に汗を落とすなんていうミスは普段なら絶対にしないが、してもたいした影響はないと気にせずハンマーを振り続けていただろう。
もう我慢できない!
僕は立ち上がった。このぶしつけなギャラリー達に一言文句を言ってやらなきゃ気が済まない。
「君た……ち……」
一瞬で膨れ上がった怒りがしぼんでいくのがわかった。僕の人見知りは半端じゃない。思ったよりもはるかに多い――三十人はいただろうか――ギャラリーの視線に圧倒されて頭がショートする。目の前が真っ暗になって、そして――
「おい、倒れたぞ!」
「誰か、保健室に!」
そんな声を聞いたような、聞かなかったような……。
「う、あ……」
気がついたとき、僕はベッドの中にいた。鍛冶部にはベッドなんて上等なものはないから、ここは保健室なんだろう。
「はっ……!」
作業中の剣と火を入れっぱなしの炉を思い出して僕は飛び起きた。
「しばらく寝てろ」
カーテンの後ろから声をかけられたので、僕は思わずシーツの中に潜り込んでしまった。
「剣と炉の後始末は生徒会がやってくれたみたいだぞ。あとでちゃんと礼を言っておけ」
「…………」
保険の辻先生の言葉に僕が返事をできないでいると、辻先生がそれをくみ取ってくれたかのように言葉を続ける。
「まあ、できればでいいんだがな」
「……すみません」
「まったく、お前ら〈竜王部〉は文化祭だってのに毎日ここに誰かしら来てるな。もうちょっと顧問に楽をだな……」
何だかよくわからないことを言っていた辻先生は、「まあいい、飲んでくるからおとなしくしてろ」と出て行ってしまった。
しんと静まりかえる保健室。時々上の方から歓声が沸き上がっているのが聞こえてくる。
「くっ、リア充め……」
と一瞬思ったけど、もしかするとあれは〈竜王部〉のぬいぐるみ劇に対する拍手なのかもしれないと思うと不快には思わなくなった。
「鍛冶作業をするのは文化祭が終わってからにしよう」
再び静かになった保健室の中で、僕はそう決めて文化祭の残りの時間はおとなしくすることに決めた。
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