結希奈の休日6

『これは今年の冬、北高で見られるはずの夜空です。北に見える大きな四角形がオリオン座。冬の名物ともいえるオリオン座ですが、これがいつも冬の名物であるかというと、そういうわけではありません。日付はこのままで、時間を一万年ほど遡ってみましょう――』

 落ち着いた説明の声がプラネタリウムの中を流れる。


 あたしが変な妄想で頭をぐるぐるさせていて、気がついたときには真っ暗な部屋の中で慎一郎の隣の席で座っていた。

 天文部のプラネタリウムはとてもよくできていた。真っ暗な部屋の中にゆったりとした椅子が備え付けられており、そこできれいな星空を見せてくれる。


 真っ暗な星空の下、慎一郎が隣にいる。

 しかし今度は静かな部屋の雰囲気のおかげか、落ち着いていてとてもわかりやすい説明のおかげか、緊張することもなくとても楽しく星空を見ることができた。




『じゃから、こういうチャンスをしっかりと生かさねばいつまで経っても……』

「いや、だからおれは別ににそういうのは……」

『何を言っておるか、この軟弱ものめ! そんなんじゃからお主は……』

「だから、おれはおれのペースでやろうと思ってるんだよ。それを横からそんなに引っ張られたら……」

『それがヌルいと言うのじゃ! 万年を生きるドラゴンから見てじれったいとは相当じゃぞ、お主』

「そうは言ってもなぁ……わかったよ」

『よしきた! 男は度胸じゃ。気合いを入れるのじゃぞ!』


 プラネタリオムが終わってお手洗いを済ませると、外で待っていた慎一郎はジーヌと話をしていた。気がついたのかとjジーヌの無事にホッと胸をなで下ろす。


「お待たせ」

「……! 結希奈!」

 何か慌てた様子の慎一郎。


「……? どうしたの?」

「い、嫌……何でもない……」

『シンイチロウ!』

「わかってるって……」


 何やら思い詰めたような表情であたしの方を見る慎一郎。何があったんだろう? 何か良くないことが起こったのかも……。あたしまで不安になってきた。


「ゆ、結希奈!」

「はい……!」

「そ、そのメイド服……似合って……」


 ピピピピピピピピピピピ……。

 その時、頭の中で音が鳴った〈念話〉の呼び出した。


「あ、ごめん慎一郎。こよりちゃんから〈念話〉みたい」

「あ、うん……。おれの所にも徹から〈念話〉だ」

 がっくりした様子の慎一郎を見ながら〈念話〉に出る。


「もしもし、こよりちゃん?」

『あ、結希奈ちゃん? そろそろ、お客さん入り始めたから戻ってきて』

「あ、うん。わかった。それじゃすぐ行くね」

『よろしくー』

 朝からなんか機嫌のいいこよりちゃんは、この時間まで上機嫌だった。斉彬さんと何かあったのかもね。


 一方あたしの方は――


「わかった、すぐ戻る」

 慎一郎を見ると、栗山との〈念話〉をちょうど終わらせたところだった。きっと、慎一郎の〈念話〉もあたしのと同じ話だったのだろう。もうすぐ今日最後の公演だ。


「じゃ、戻ろうか」

「ああ」


 慎一郎の一歩前を歩き出した。上機嫌のあたしは自然と笑顔になって鼻歌が口からついて出る。

「~♪」




「そのメイド服、似合ってるよ」

 さっきは聞こえないフリをして〈念話〉に出たけど、ちゃんと聞こえていた。


 でも、聞こえなかったことにしておこう。だってそうしたら、いつかもう一度、どこかのタイミングで、今日じゃなくてもいいから言ってくれるかもしれないし。


『はぁ~情けない……』

 というジーヌの嘆きが聞こえてくる。ジーヌの入れ知恵じゃなくて、慎一郎には自分の意思で言って欲しい。それだけの魅力があたしにあるかはわからないけど、大丈夫。きっとうまくいく。


 気が大きくなっているのか、あたしはいつになくポジティブになっていた。

 軽い足取りでレストランに戻る。

 このあともいい料理をお客さんに出せそうだ。

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