結希奈の休日5

『ぎいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!』


 お化け屋敷となった教室の中をジーヌの絶叫が響く。ジーヌの声は慎一郎と念話番号を交換してる人にしか聞こえないから、この大音響でも周りの人には全く聞こえない。


『ま、待て。待て待て。そっちに行ってはいかん。そっちに行くと……。ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 通路の脇に意味ありげにあった破れた障子から無数のうごめく手が現れたのを見て、再びジーヌが絶叫した。


 松坂さんが率いるいやし系白魔法研究会――ところで何をする部なんだろう?――のお化け屋敷は想像以上によくできていた。

 教室の内部は時代劇に出てきそうな古い日本家屋風にしつらえられており、全体的に日本の幽霊や妖怪などで統一されている。

 天井から幽霊がぶら下がってきたり人魂が浮かんだり、仕掛けもなかなか凝っている。


 これらの仕掛けは松坂さんの眷属たち――サルのモンスターが動かしているらしい。ジーヌも最初はそれを看過したりして余裕の表情を見せていたのだが、仕掛けが本格的になってきたらこの有様だ。


「結希奈、あそこに座って少し休もう」

 慎一郎が指さした。その広場は不自然にライトアップされた柳の下に二人がけのベンチが置かれている。いかにもといえばいかにもだが、鈍い慎一郎も、恐怖で余裕がないジーヌもそのことに気づいていない。


 あたし? 最初は怖かったけど、今は自分でもびっくりするくらい平気。多分、隣で自分以上に怖がっている人がいると妙に冷静になるというアレだろう。

 その、自分以上に怖がっているジーヌは普段出しっぱなしにしている〈念話〉のアバターを出すことも忘れ、今は声だけの存在だ。


『そ、そそそそそうじゃな。よよ良い考えじゃ。す、すすす少し休んで、おおおおお落ち着こうではないか』

 あー、メリュジーヌさん、声が震えてるんですけど。


 あからさまに怪しいが仕方ない。あたしは慎一郎と並んで座ることにした。

 柳の下のベンチは、そこだけスポットライトが照らされているために中からだと外は真っ暗でなにも見えない。


『ふう……。しかしあれじゃな。冷静になって考えてみれば、たいしたことはなかったの。ふはははははは……』

 少しは落ち着いたのだろうか、ジーヌの声に少し力が戻ったようだ。空元気なのは間違いないけど。


「しかしまさか、お前がこの手のものが苦手だとは思わなかったな」

 慎一郎がははと笑った。それは、仲間を気遣うリーダーとしての姿だ。最初は頼りないリーダーだと思ったが、ずいぶん変わったものだ。


『そ、そそそそそんなことあるはずがなかろう! わしは竜王じゃぞ。竜の中の竜、王の中の王。竜王メリュジーヌじゃ!』

 と強がって見せたものの、少し冷静になってばつが悪くなったのか、小さな声で付け加えた。


『本物のアンデッドならば全く平気なんじゃがの。まさかこんな作り物のお化けが怖いとは、われながら情けない……』

「ま……まあ、お化け屋敷って怖がらせるために作ってるんだし、本物のアンデッドとは違うんじゃないかな。アンデッドなんて見たことないけど」


『そうか? そうじゃの! ユキナの言うとおりじゃ! やはりわしは最強最優の竜王メリュジーヌじゃ! ふははははははははは!』

 しばらく消えていたジーヌのアバターが復活して、胸を張って高笑いし始めた。うん、ジーヌはこうでなきゃね。


 しかしその元気も長続きしなかった。


「わっ!」

 後ろから誰かに肩を叩かれた。それにもびっくりしたけど、もっと驚いたのは――


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!』

 この日一番の大絶叫を上げてジーヌは失神した。




「いやー、ごめんごめん」

 ベンチの後ろであたし達を驚かせたのはこのお化け屋敷を主宰する“いやし系白魔法研究会”とやらの部長でもある松坂さんだ。


「結希奈ちゃんを驚かせようと思ったんだけど、まさか〈竜王〉がねぇ……」

 腰に手を当てて呆れたように慎一郎の〈副脳〉――メリュジーヌの精神が入っているその箱を見つめていた。って……。


「あたしを驚かせようって、どういうことよ!」

「いやー、結希奈ちゃんって、ついいじめたくなるっていうか、ちょっかい出したくなるって言うか。好きな女の子をいじめちゃうみたいな感じ?」


「また心にもないことを……」

「バレた? 驚いたフリしてダーリンに抱きつけばよかったのに。にししし……」

「そんなことしません!」

「えー、でもそのメイド服でダーリンをゲットしようってつもりだったんじゃない? スカートもずいぶん短いしぃ」

「ち、違うってば……!」


 あたしが怒ってもへらへら笑うだけで松坂さんは全く動じることがない。まったく、この人は……。


「あ、そうそう! お詫びと言っちゃなんだけど、ダーリンと結希奈ちゃんにコレあげる」

 そう言って慎一郎とあたしに差し出したのは小さな紙切れ。そこには何か印刷されていて――


「いやし系白魔法同好会一回無料券……?」

 あたしが首をひねると松坂さんが微笑んで説明してくれた。


「そ。あたし達、明日は移動式ゲリラ営業をするの。あ、お化け屋敷じゃなくて本業の方ね」

「本業? いやし系白魔法同好会の本業って……」


 そこまで言ってはたと気がついた。いやし系とか、今松坂さんが着ている肌も露わな――自分のことはさておき――衣装とか、もしかして……。


「まさか、いやらしいことするんじゃないでしょうね!」

 あたしは自分で自分の身体を抱き寄せる。そうだとしたらマジで気持ち悪いんですけど。


 しかし松坂さんは困惑したような、呆れたような顔を……、いや、あれはからかう顔だ。間違いない


「はぁ? 何言ってるの? もしかして結希奈ちゃん、そういうのが気になるお年頃? ねえねえダーリン聞いた? 結希奈ちゃんってばねぇ……」

「もう! 松坂さんが紛らわしいような部の名前つけるのが悪いんでしょ!」

「あはははは。ゴメンゴメン。結希奈ちゃんカワイイから、ついからかいたくなって」

 嘘ばっかり。からかいやすいからからかってるだけじゃないの。


「真面目に説明すると、ウチ、マッサージ屋さんなの」

「マッサージ?」

「そうよ、ダーリン。迷宮探索で疲れてるでしょ? ダーリンには特別にあたしが直接いろいろ気持ちいいことしてあげるから♡」


「やっぱりいかがわしいこと考えてるじゃない!」

「にゃはははは。やっぱりからかうと面白いな~、結希奈ちゃんは」

 やっぱり面白がってるだけじゃない……。


「大丈夫大丈夫。いやらしいことは御法度だから。ウチ、女の子のお客さんも多いしね」

「ホントかしら……」

 あたしのジト目にも松阪さんは全く動じることがない。


「明日の営業はゲリラ開催なんだ。あたし達のこと、ちゃんと見つけてね。待ってるから、ダーリン♡」

「あ、ああ……」

 慎一郎はさっきから圧倒されっぱなしだ。うん、わかるよ。


「結希奈ちゃん、お化けに驚いたフリをしてダーリンに抱きついちゃダメよ」

 松坂さんがあたしにしか聞こえない声でささやいた。あたしは咄嗟に反発する。

「そ、そんなことするわけないじゃん!」

 松坂さんはしてやったりとニヤニヤ笑っている。もう疲れた。早くここから出たい……。


「お帰りはあっちだよ。それじゃあね~」

 幽霊の格好をした松坂さんに見送られるという奇妙なシチュエーションでお化け屋敷の残りを慎一郎と二人で行く。ジーヌは気を失ったままだ。


(あれ? これって二人きりなんじゃ……?)

 そういう考えが頭に浮かんだ瞬間、さっきの松坂さんの言葉が頭に浮かんだ。


「驚いたフリをしてダーリンに抱きついちゃダメよ」


 だ、抱きつくなんて無理無理! 絶対無理!


「きゃ!」

「大丈夫か、結希奈?」

「うん、慎一郎が抱きしめてくれるから……」

「なら、ずっとこのままでいれば怖くないだろ?」

「うん……」


 きゃーっ! あたし、何考えてるのよ!


 変な妄想が頭の中をぐるぐると駆け巡ってしまい、お化け屋敷には出口までにこれまで同様凝った仕掛けがしてあったみたいだけど、何も覚えてない。

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