結希奈の休日4
「うぷ……」
「大丈夫?」
お腹をさすりながらゆっくり本校舎の廊下を歩く慎一郎の背中をさすってあげた。見た目よりも大きくて筋肉質の背中にどきりとする。まあ、あんなに重い剣を何本も同時に操ってるんだから、筋肉もつくよね。
『まったく、情けない。あれしきでギブアップするとは!』
「いや、おれ、結構頑張ったよね?」
そう、慎一郎は結構頑張った。最初注文した味噌ラーメン、ぎょうざ、チャーハンのほかにチャーシューメンととんこつラーメン、それにチャーハンのおかわりを二杯。
「あたし、ラーメンのおかわりする人初めて見たわよ」
『つまり、わしは今まで誰もなしえない偉業を成し遂げたということじゃな』
「……どこまでもポジティブよね」
二日目の文化祭は本校舎、特別教室棟、旧校舎での開催となる。あたしがイメージしていた高校の文化祭に一番近いのがこの二日目だ。
三つの教室にまたがって多くの教室がさまざまな飾り付けをされて模擬店が行われる。さっき胃袋を満たした生徒会のラーメン屋のほかにもいろんな模擬店が出てる。
ラーメンを食べてお腹を満たし、身体もあったまったあたし達は、時間まで二日目の文化祭をまわって見ることにした。
〈竜王部〉も出店している本校舎にはどちらかというと食べ物系のお店が多く出しており、お腹もいっぱいになったあたし達はそれ以外の所へ行こうということで特別教室棟の方へと足を運んだ。
手芸部のお店でかわいらしい小物をたくさん見たり、木工部のお店で迷宮探索にちょうどよさそうなハシゴを見つけたり(これは大きすぎて迷宮内で持ち運ぶのが大変だから断念した)、やはり高校の文化祭は中学のそれとはひと味もふた味も違って本格的だ。
北高はあたしの家の敷地内にあるけど、入学した今年まで文化祭に行ったことはなかったのだ。
「プラネタリウムやってまーす!」
特別教室棟は今まさに人の流れがピークといった具合で人も多く、またそれに合わせるかのようにビラ配りの人も多かった。いろいろ手渡されるうちにひとつのチラシが目についた。
『ぷらねた……とはなんぞや?』
「プラネタリウムな。プラネタリウムってのは暗い部屋に実際の星空を写しだして見せてくれる施設だ」
慎一郎がジーヌに説明するけど、ジーヌはどうもよくわかっていないようだ。
『ふむ? それの何が面白いんじゃ? 星空など夜になればいつでも見られるじゃろう』
「まあ、そうなんだけどさ。日本じゃ見られない夜空とか、ゆっくりしか動かない夜空の風景を早回しで見せてくれるから意外と楽しいんだぜ」
『そうなのか? わしにはよくわからん』
まあ、その気になればどこにでも飛んで行けそうなドラゴンはそんなものかもしれない。でもあたしは興味ある。
「ねえ。プラネタリウム、行ってみない?」
「面白そうだし、行こうか。いいだろ、メリュジーヌ?」
『ユキナがそれほどまでに言うならばいいじゃろう。わしも何が面白いのか興味ある』
「決まり。じゃあえーっと。特別教室棟の三階。この上だね」
そして慎一郎と二階を経由して三階に向かう。
二階に向かう途中、踊り場近くですれ違った女の子達の声が聞こえた。
「かわいー。どこの部かな?」
「〈竜王部〉のショーレストランだって。後で行ってみようよ」
反応が遅れたのは“かわいい”なんて自分に向けられる言葉だとは全く思ってなかったからだ。〈竜王部〉と言われてようやく自分のことだとわかった。
その瞬間に気がついた。今自分は普通に立ってるだけで下着が見えてしまいそうな短いスカートを穿いているということを。そして今自分は階段を上っている最中だということを。
慌てて自分のお尻を押さえるが、どう考えても後の祭り。かぁーっと顔が赤くなる。
恐る恐る後ろを振り返った。
しかし、階段の下にはいますれ違った女の子達以外誰もいない。が、あたしのお尻の後ろに何かが添えられていることに気がついた。
板だ。正確には〈竜王部〉のショーレストランの宣伝をしている看板。
その看板を持っている慎一郎がおそらくいち早くあたしのスカートに気がついて、下から見えないように看板で隠してくれていたのだ。
慎一郎の顔を見たが、彼はこちらを見ることはない。気づかないふりをしてくれているのだとわかった。
あたしは微笑み、こちらを見ない慎一郎に聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声で
「ありがと」
と一言お礼を言った。
階段をのぼると、たくさんの人がいた。正確には、階段を上った廊下から下り階段にかけて大勢の人が行列を作っている。
「何の行列だろ?」
と聞いてみたが、行列の先が二階の教室に続いていることがわかるだけで店の看板などは行列の影に隠れて見ることはできない。
まあ、目指すプラネタリウムはこの上の三階にあるのであたし達には関係のない話だ。慎一郎が気にするようだったらあとで見てみるのも悪くない。
そう考えてさらに階段を上ろうとしたとき、背後から黄色い声がした。
「あれぇ~っ!? ダーリンじゃない!」
隣で歩いていた慎一郎がぐいと引っ張られる。
慎一郎を「ダーリン」と呼ぶ黄色い声。嫌な予感がするが、そちらの方を見ると――
「うげ」
変な声が出た。
そこにいたのはやはり
「ねえねえ、ダーリンも寄っていってよ。あたし達、いやし系白魔法同好会のお店。こんなに大人気なんだよ」
松坂さんはそう言って両手を広げた。まさか、この行列は松坂さんのいやし系とやらの行列なの?
「へぇ、すごいな。そういえば松坂さんの部のお店に行くって約束してたっけな」
「あはっ♡ 覚えててくれたんだ!」
松坂さんが慎一郎の腕に抱きついたものだから、そこにいたあたしは突き飛ばされてしまった。華奢な女の子に見えても〈守護聖獣〉だ。
「きゃっ!」
「あ、いたの?」
松坂さんが冷めた瞳であたしを見た。なんか、感じ悪い。
だからあたしは思わず反論してしまった。やめときゃ良かったのに。
「わざとらしい……。というか、何なんですか、その格好?」
松坂さんは裾がとても短い――あたしのメイド服よりも短い!――真っ白な浴衣を着て、顔は煤で汚したようなメイクをしている。そんなメイクをしていてもそのかわいらしさは全く損なわれていないのは悔しい。それに頭には浴衣と同じく真っ白な三角形の布を紐で結んでつけている。これってもしかして……。
「ふっふーん、かわいいでしょ。あたしの部の衣装。お化け屋敷なんだ」
「おばっ……!?」
あたしがびっくりした声を出すと、松坂さんはあたしの方を見てにやりと笑った。しまった……。
「ねえ、ダーリン♡ いやし系白魔法同好会のお化け屋敷に来てよ。今ならVIP待遇ですぐ入れるから」
松坂さんは慎一郎の腕を引っ張るが慎一郎は困ったようにあたしを見ている。
「慎一郎、プラネタリウムに行こう。お化け屋敷なんてつまんないよ」
しかし、松坂さんは余裕の表情でさらにあたしを挑発する。
「はっはーん。結希奈ちゃん、お化けが怖いんだ」
悔しいけど、この辺りは松坂さんの方が一枚も二枚も上手だ。何百年も生きている〈守護聖獣〉の前ではあたしなんてただの小娘にしか過ぎない。
あたしは反射的に反論することしかできない。
「こ、怖くなんてないわよ! あ、あたしはただ、最初にプラネタリウムって行く約束したから、それで……。ねえ、ジーヌ?」
あたしはジーヌに助け船を求めた。が、それはものの見事に裏目に出た。
『ふむ……。お化け屋敷とやらもおもしろそうじゃの。シンイチロウよ、お化け屋敷に行ってみるぞ!』
「ほらぁ、〈竜王〉もこう言ってることだし、さ、行くよ」
松坂さんは慎一郎を行列の先頭に連れて行く。
行列に並んでいる人が一斉に不満を露わにしたが、松坂さんが「あとですっごーいサービスするから、ちょーっとだけ待っててね♡」と言ったらおとなしくなった。
よく見ると、行列を作っているのはほとんど男子ばかりだということに気づいた。これだから男って……!
仕方ない。あたしもお化け屋敷に行こう。気は進まないけど……。
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