結希奈の休日3

『おっ、なかなかよさげな店ではないか。そこに入るぞ!』

 ジーヌが指さしたのはあたし達〈竜王部〉のショーレストランがあるのと同じ本校舎二階の一番奥にあるお店だ。『BAR・魔』と書かれている。


 その教室の前の廊下には黒いカーテンが掛けられていて、全体的に暗い。照明も紫色のものが使われていて、全体的に雰囲気が出ている。

 あたしは行ったことはもちろんないんだけど、都会にあるお洒落なバーってこんな感じなのかも。


 ……って、そこ行くの? 高校生が入っていいお店なの?


『ここにおる人間は一部を除いて全員高校生ではないか。入っていいに決まっておる』

 確かにメリュジーヌの言うとおりだ。しかし、こういう店に行ったことのないあたしはどうしても尻込みしてしまう。


 あたしは思わず慎一郎を見た。慎一郎はあたしに見られていることに気がついたようで、あたしの方を見ると困ったように肩をすくめた。

「入ってみよう。メリュジーヌの言うとおり、高校生が入れない店があるわけがないし」

「そ、そうだね……。入ろうか」


 ビロードというのだろうか、細かい毛が立っている紫色の上品な質感の布で飾り付けられている扉を開けて店の中に入っていった。




「いらっしゃいませ」

 店主の声が響く。

 店内は外観から想像できるとおり、暗く落ち着いた雰囲気だ。広さは教室の半分で、グラスがびっしりと並べられた棚によって仕切られていて教室の奥半分がどうなっているか窺い知ることはできない。


 店はカウンター席しかなく、教室の机を二段重ね合わせて作られたカウンターの高さに合わせた高い椅子が並んでいる。

 店の中に店主のほかは、カウンターの奥に客が一人いるだけだ。店内が暗いのでどういった客かはここからではよくわからない。


『ほう、なかなか良い雰囲気の店じゃな。大人の雰囲気、というやつじゃ。そなたらにはちと早いかもしれぬな』

 さっきと言ってることが違う。子供扱いされたことにちょっとむっとしたが、ジーヌの言うとおり、あたし達の雰囲気でないのは確かなので何も言えない。


「どうぞ」

 カウンターに並んで座ったわたし達の所に先ほどの店主がグラスを差し出してきた。流れるような金色の髪と照明のせいではない青白い肌。日本人ではあり得ない整った相貌。


「イブリースさん……!?」

 それは魔界からの留学生のイブリースさんだった。生徒会副会長である彼女はいつもと異なり髪をアップにしたタキシードを着ている。赤い蝶ネクタイがアクセントとなってそれはそれはよく似合っていた。


 しかし普段は生徒会長の後ろで鋭い目を輝かせている生真面目なイメージのある副会長がこんな大人っぽいイメージの店を出しているとは。


「はい。ここ、生徒会が出しているお店なんですよ。ご存じありませんでしたか?」

「生徒会もお店を出していたんですね」

「管理しているだけではつまらないですからね。私達も楽しまないと」

 女の私でもドキリとするほどの笑顔。隣の慎一郎の方を思わず盗み見たが、彼はメニューを見ていてあの笑顔を見ていなかったようだ。よかった……。


『わしはこれがよいの。あとこれとこれと……』

「お前どんだけ食うんだよ……」

 慎一郎とジーヌのいつものやりとりを見て思わずクスッと笑う。前から思っていたけどこの二人って、仲のいいみたい。


「ご注文は?」

「それじゃ、この味噌ラーメンとぎょうざとチャーハン」

「かしこまりました」


「ら、ラーメン!?」

 何を頼んでるのよあんたと思ってメニューを見た。味噌ラーメンに塩ラーメン、醤油ラーメン、チャーシューメン……。何よこれ?


「はい、ここ、ラーメン屋ですから」

 イブリースさんがごく当たり前のように言った。お酒を出す店じゃないとはわかっていたけど、まさかラーメン屋だったとは。お店の雰囲気と出す料理が違いすぎだよ。表にBARって書いてあったように思うんだけど……。まあ、突っ込みだしたらきりがないか。


 あたしは頭を切り替え、メニューの中からレディースランチというのがあったので、それを頼んだ。小ラーメンと小チャーハンのセットらしい。


「なんか、変わったお店だね」

 出されたグラスの水を口にした。柑橘系の味がうっすらとついているがそれ以外は氷の入った普通のお水だ。しかしお店の雰囲気から、昔ドラマとかで見たバーにいるような錯覚に陥る。


「そうなのかな? おれ、こういう店に入ったことがないからよくわからないよ」

「当たり前でしょ。あたし達高校生なんだもん。あたしだって入ったことないわよ」


「けど結希奈、ラーメン屋で良かった? 女の子ってこういうのは好きじゃないのかと思ってさ」

「え? あたし、ラーメン好きだからぜんぜんオッケーだよ。駅前にあるラーメン屋とかよく行くし。ほら、なんとか屋って名前の」

「ああー。なんとか屋ね。おれもよく行くよ。あの狭い店でしょ」

「そうそう、あそこ。あそこのトマトラーメンが女子には人気なのよ」


『ほう、トマトラーメンとな。なかなか美味そうな響きじゃ。シンイチロウよ、そこもリストに追加じゃ』

「はいはい」

「リストって?」

「ああー。学校から出られたときに行く店のリストだよ。もう三十件くらいある」

「ふふふっ、ジーヌらしいわね」


『わしのモチベーションじゃ。目的があった方ががんばれるからの』

「目的、かぁ……」

 あたしの目的って何だろう? あたしは他のみんなと違って家には帰れるけど、逆にお父さんと妹は家に帰れなくなったから、お父さんと妹に会うことかな。あとは……。


 ちらと隣に座る同行者を見たその時――

「おーかーわーりー! お酒もういっぱいちょうだい!」


 突然、カウンターの奥のお客さんが騒ぎ出した。……って、お酒なんか出すのこのお店? さすがにそれはまずいんじゃ……。


「もう先生、お酒はないって何度も言ったじゃないですか。サイダーで我慢してくださいね」

「いーやーだー! おーさーけー!」


 よく見るとグレーのスーツによれよれの白衣。〈竜王部〉顧問の辻先生だった。


「辻先生……!?」

「げっ、お前ら……!」

 辻先生もこちらに気づいたのか、あわてて居住まいを正すと咳払いひとつ。取り繕ったように、


「あー、ホーヘンベルク。コーヒーのおかわりを」

「かしこまりました」


 対するイブリースさんの方は全く動じることもなく注文を受けてコーヒーを出す。まったく、これじゃどっちが先生なのかわかったものじゃない。




 そのあとも慎一郎やジーヌととりとめのない話をしているうちに頼んだ料理ができたようだ。

「味噌ラーメンにチャーハン、そしてレディースセットです。ぎょうざは少々お待ちください」

 赤い蝶ネクタイにタキシード姿のイブリースさんがお盆にラーメンを乗せて運んでくるのがなんともおかしい。


「あれ……? これ、頼んでないですけど」

 カウンターの上に置かれた料理の中に小鉢に入ったイノシシ肉のチャシュー丼を見てイブリースさんに告げた。


 しかし、イブリールさんは慌てた様子もなく、

「あちらのお客様からです」

 と、カウンターの奥の方を指さした。


「これでさっきのはホラ、見なかったことに……」

 もう苦笑するしかない。しかしジーヌはそんな事情には目もくれずに興奮している。


『うぉぉぉぉー、肉じゃ! シンイチロウ、早く食うのじゃ!』

 まったく、このは……。と思いながらも思わず笑顔になる。見た目の幼さも相まって、どうしてもみんなジーヌには甘くなってしまうようだ。本当は何千年も生きている竜王様なのにね。そしてもちろん、あたしも例外ではない。


「あはははは、誰も取らないわよ。全部あげるから、ゆっくり食べて」

 そんなことをしながら楽しくラーメンをいただいた。

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