結希奈の休日2

 お客さんの入りは上々だった。栗山が事前にいろんな所で宣伝をしてくれたおかげで朝から大盛況で嬉しい悲鳴だ。


 午前中に一回、十二時台の混む時間を避けて昼過ぎに一回行われたぬいぐるみ劇も好評のまま幕を下ろした。あたしはまだ見られてないんだけど、劇が始まった途端に教室の中が静かになるのだ。それだけで劇の評判がわかる。

 この調子だと夕方に行われる三回目の公演も席を埋めるだろう。


 あたしの作った通称“地下迷宮料理”もなかなか評判がいいと給仕担当の今井さんや栗山から聞いている。


 “地下迷宮料理”はその名の通り、地下迷宮で採れた食材をメインに作った料理で、公式には唯一地下迷宮に入ることを許されている――実質有名無実ではあるけれども――〈竜王部〉ならではの出し物といえる。


 その目玉料理はズバリ、卵料理と鶏肉料理だ。


 文化祭の開催一週間前に討伐した“とり”の〈守護聖獣〉の眷属たちがその近くで大量に見つかり、ほかの部に先駆けていち早く素材を確保することができたのだ。

 あたしたちが学校に閉じ込められて早五ヶ月、ようやく口にすることのできる卵と鶏肉は予想通り皆の心と胃袋を掴むことに成功したようだ。


 ちなみに、それ以前に目玉料理にしようと思っていた川魚は骨を取るのが大変なので今回は見送った。試作品を試食して絶賛したジーヌはとても残念そうにしていたけど、ここは我慢してもらわないと。全ては予算のためだからね。


 そんなわけで朝から忙しくしていたあたし達だけど、午後一回目の公演も終わり、ようやく人心地つけた状態だ。


「結希奈さん、今のうちにお昼休憩行ってきてください」

 午後三時過ぎ。教室の一角をカーテンで仕切って作った調理場にお皿を戻しに来た今井さんがそう言ってくれた。カーテンの向こうを覗くとちょうど最後のお客さんが出た所で、教室には誰もお客さんはいない。

 確かに、お昼に行くなら今かもしれない。あと一時間もすると最後の公演目当てにお客さんが集まり出すだろう。そうなるともう休憩のタイミングはない。


「ありがとう、今井さん。じゃあ、お言葉に甘えて行ってくるね」

 言って、上着を引っかけて教室から出ようとすると後片付けをしていた栗山に止められた。


「結希奈! なに着てるんだよ!」

「何って……上着だけど? だってこの服、袖が短くて寒いし、スカートも短いし……」


「ダメだってば! そのメイド服が〈竜王部〉と明日のテニス部の宣伝になるんだよ。出歩くならそれ着たまま歩かなきゃ意味ないだろ?」

「いや、でも……」

 恥ずかしいしとは言えなかった。いつも憎まれ口をきいてくる栗山に弱いところは見せられない。


 仕方なく上着を脱ぐ。袖もスカートも短いメイド服なので素肌が外気に晒されてちょっと寒い。何かあったかい物が食べたいな……。


「あ、あとこれも持って」

「え? 何これ!?」


「看板だよ。このあと最後の公演があるからさ、しっかり宣伝してきてくれよな」

 そう言って教室を追い出された。

「もう、何なのよ。休憩じゃなかったの?」

 持たされた看板を見ると、『ショーレストラン〈メリュジーヌ〉最終公演は午後五時から!』と書かれている。


「まあ、それでお客さんが来るなら別にいいけど……」

 そう愚痴りながら歩き出した。歩くのに合わせて腰に結んだリボンやフリルのついたエプロン、そして短すぎるスカートが揺れる。


「短すぎるよ。見えちゃいそう……」

 どうもスカートの裾が気になる。スカートを引っ張って少しでも肌が隠れるようにする。そんなことに意味がないことはわかっているけど、気になるのだから仕方がない。


「手早く食べて早くもどろ」

 そう思って早足で歩き出したとき、後ろから声をかけられた。


『なんじゃ、ユキナではないか。そなたも休憩か?』

 振り返った先にいたのは銀髪緑眼の十歳前後の少女。普段は北高の女子生徒の制服を着ているが、今日はあたしと同じ白黒のメイド服を着ている。これがまた銀のロングヘアと合わさって悔しいくらいに会っている。大きな黒目がちな瞳にすっと通った鼻梁、細面だが子供らしいふくよかさも備えている。透き通るような真っ白の肌は日本人ではあり得ない。


 神様がいるとしたらその持てる力を全て注ぎ込んで作られたのではないかと思えるほどの美少女。しかしそれは実際の肉体ではなく〈念話〉の魔法を経由して送られてきている立体映像だ。


 それが〈竜王メリュジーヌ〉。千年以上も昔の歴史に名を残す伝説の竜の王。


 彼女の横に立っている〈竜王部〉部長の浅村慎一郎の〈副脳〉の中に彼女はいる。あたしが慎一郎と一緒に行動するようになったときにはもうジーヌは慎一郎の〈副脳〉にいたから、ジーヌの思い出はそのまま慎一郎との思い出となる。


「う、うん……。お客さんもいないし、今のうちに手早く済まそうと思ってね」

 それまで寒かったはずなのに、羞恥で身体全体が暑くなる。スカートが短すぎて恥ずかしい。慎一郎に変だと思われてなければいいんだけど。


『ほう。ならちょうど良かった。わしらも今から休憩なのじゃ。どうじゃ、一緒にこのブンカサイとやらをまわってみぬか?』

「別にいいけど……」

「な、何言ってるんだよメリュジーヌ。結希奈にだって都合があるわけだし、そんな突然……え? いいの?」

「いいわよ。あたしも一人じゃつまんないから、早めに切り上げようと思ってたけど、あんた達と一緒なら、まあいいわ」


 あたしは内心を隠すように上から目線で言った。言ってから、こんな言い方で嫌われないかと後悔したが、後の祭りだ。


『よしっ! 決まりじゃ! まずはメシを食うぞ。朝おにぎりを食っただけじゃから、腹が減ってかなわん』

「そのおにぎりも五個食べたけどな。まったく、お前はいつも食うことばかりで……」

『なんじゃと!? ではお主はメシを食わずともよいとでもいうのか? せっかくの祭りの舞台じゃ。ここでしか食えんものを食うぞ!』


 メリュジーヌに急かされて歩き出した慎一郎の後ろをついて行くように歩き出した。

 と慎一郎が振り返る。あたしは思わずドキリとした。


「その看板、持つよ」

「あ、ありがとう……」

「まったく徹のやつ、こんな重たいものを持たせて……。いくら宣伝とは言ってもやりすぎだぞ」

「あはは……。そうだね。まったく、栗山のやつにも困ったものよ」

 まあ、少しだけ栗山には感謝かな。

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