文化祭二日目

結希奈の休日

結希奈の休日1

                       聖歴2026年10月2日(金)


『いざ決戦の時じゃ! 皆の者、戦いの準備は整っているか?』

「おーっ!」


『臆することはない。事前に準備をしてきたことを信じ、自分を信じ、友を信じ、そしてわしを信じよ。“メリュジーヌ”の名を与えたのじゃ。成功は約束されておる。さあ、栄光への第一歩を踏みしめよ!』

「おーっ!」


 ジーヌの檄が飛び、部員全員が拳を突き上げた。

 モンスターとの戦いに赴くわけではない。今日は十月二日、文化祭二日目。あたしたち〈竜王部〉がショーレストラン〈メリュジーヌ〉を出店する日だ。


 今朝は早くから全員で店を構える本校舎二階・階段横――かなりの好立地だ。くじを引いた慎一郎に感謝――にみんなで集まって準備をするはずだったのだけど、昨日のうちにこよりちゃんと斉彬さんが飾り付けをしておいてくれたのでかなり余裕を持って準備ができた。

 あたし以外は。


 ショーレストランのレストラン部分のメイン調理であるあたしは昨日から準備を進めていたにもかかわらず、結局ギリギリになってしまった。昨夜もあまり寝てないが、おかげで準備はバッチリだ。後は注文を受けて簡単な調理をしてお客さんに出すだけ。開始が待ち遠しい。


「お皿はここに置いてあるから、下げたら洗ってきてここに……」

 給仕を担当する今井さんと打ち合わせをしていると、ぱんぱんと手を叩く音が聞こえた。

 音の方を見ると栗山が手を振って皆の注目を集めようとしている。


 ……って、あんたも給仕担当じゃなかったっけ? なんでそんなところで突っ立ってるのよ。


「みんな、注目してくれ!」

 ショーレストランのショー部分、人形劇の打ち合わせをしていた慎一郎やこよりちゃん、斉彬さんも含めた全員が栗山に注目する。

 その栗山は何やら不敵な笑みをたたえている。これは何か良からぬことを考えているときの顔だ。それくらいはわかる。いつものパターンてやつ。


「売り上げアップのためにとっておきの秘策を用意した。これで売り上げ倍増間違いなしだ」

「売り上げアップって……風紀委員からは過度な商業主義は慎むようにって言われてたような気がするんだけど」


 そう、こよりちゃんの言うとおり、文化祭の直前になって風紀委員から商業主義――要するにお金儲け――が加熱しすぎないようにとのお達しがあった。守れない場合は即時出店許可を取り消されることもあるらしい。


 もともとお金がなくてこの店をやることにしたあたし達にとっては大迷惑な話だ。でも、出店を取り消されたら元も子もないので、元々予定していた値段の八割で料理を出すことになった。


「そう、だからさ……」

 栗山は不敵な笑みをたたえながら足元に置いてあった段ボール箱を何やらごそごそといじり始める。


「これを用意しました!」

「げ……」

「まあ、かわいい……!」


 栗山が取り出したのは黒いドレスに白いレースのエプロンがついたエプロンドレス――要するにメイド服。ちなみに、うめき声を出したのはあたしで、喜びの声は今井さんだ。


「……? それと売り上げアップにどういう関係が?」

「慎一郎。お前も結構トボけた奴だよな。メイド服を着た女子は魅力三割増しってのが俺の持論だ。つまり、これを着れば売り上げも三割アップ!」


「こよりさんのメイド服……!」

 そう言った斉彬さんが突然顔を押さえて教室からダッシュで出て行った。あれは多分、鼻血が出たから顔を洗いに行ったんだと思う。


「……ほらな?」

 そんな斉彬さんを見た栗山はドヤ顔だ。


 でもあたしは承服できない。だってあんなフリフリの服、恥ずかしいし、あたしには似合わない。

「あ、あたしは着ないわよ! ほら、あたしは調理担当だから」


 しかし栗山にはその反論は想定済みだったようだ。こういう時には気が回る。まったく……。

「ちっちっちっ……。あまいぜ結希奈。このメイド服は明日の三日目にテニス部の女子が着る服だ。つまり、コラボの条件なんだよ」


「…………!」

 あたしに衝撃が走った。三日目にメイド喫茶を開くテニス部は今からその出店が心待ちにされているほどの人気の部だ。そこでは今日出すもののアレンジ違いの料理――具体的には作り置きした弁当バージョンだ――を出すことになっている。


 栗山が話をつけてきたコラボ話だ。そこから得られる売り上げは、金欠に悩むあたし達〈竜王部〉にとって無視できない利益をもたらしてくれる。

 脳裏に浮かぶジーヌの悲しそうな顔。金欠になると毎日の食事に影響が出てくる。食事が何よりも楽しみだと毎日おいしそうな顔であたしのお弁当を食べてくれる幼い顔を曇らせたくはない。


 あたしはがっくりとうなだれた。敗北を認めよう。


「そんなに嫌ですか? 私はかわいいと思いますけど……」

 今井さんが励ますように言った。まあ、いかにもお嬢様って感じの今井さんにはああいうかわいい系の服は似合うと思うけど……。


「……って、もう着てるし!」

 いつの間に着替えたのか、今井さんはさっきまでの冬服姿ではなく、白いフリフリがかわいらしいメイド服に着替えていた。


 黒を基調にしたドレスに純白のエプロン、頭には細かいフリルのカチューシャがちょこんと乗っている。オーソドックスなスタイルでありながら、そのエプロンドレスは今井さんの清楚なかわいらしさをより一層引き出している。栗山の言っていた女の子の魅力を三割増しにするというのはあながち間違いでもないかもしれない。


 そして何より……。


「はぁ……」

 思わずため息が出た。膝上二十五センチしかない短すぎるスカートからすらりと伸びる細くて長くて白い足。制服のスカートから覗いている自分の足と比べるまでもない。とても同じ高校一年生とは思えない。


 今日は裏方に徹しよう。人前に出なければ醜態をさらすこともない。

 そんなことを考えていると普段は鳴らないチャイムが鳴った。開店五分前の合図だ。


『よし。皆の者、配置につけ。ショーレストラン〈メリュジーヌ〉、開店じゃ!』

 こうしてあたし達にとっての天王山、文化祭二日目が始まった。

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