灰かぶりのこより2
「おぉ、やってるやってる!」
斉彬くんが声を上げた。その声は弾んでいて、彼のテンションがもう高いことを如実に物語っている。
結希奈ちゃんの家と学校は同じ敷地内にあるけど、その間には〈竜海の森〉と呼ばれる森が広がっていて、そこを抜けて校舎までたどり着くには歩いて十五分くらいかかる。
森を抜けて校舎の脇を回り、今は農場と化したかつての校庭の方へ向かう。
北高の――というより今年の文化祭は参加人数減少を補うために場所ごとにまとめて開催される。一日目の今日は校庭前での開催だ。
本校舎と校庭の間の幅数メートル、長さは数百メートルの校庭に沿って曲がっている道沿いにはずらりと模擬店が並んでいる。それはかなり本格的で、模擬店というよりは神社のお祭りで境内に並ぶ屋台のよう。
「うわぁ、すごいね!」
そこはすでにたくさんの生徒達でごった返しており、その熱気に思わずわたしの声も弾んだ。
「こよりさん、行こうぜ!」
斉彬くんがわたしの手を取って歩き出した。男の子と手を繋いでお祭りに行くなんて、いつぶりだろう。心臓が高鳴っているのを感じる。
「すごい人。北高ってこんなに人いたのね」
「はぐれないように、ちゃんと掴まっていろよ」
「もう! わたし、子供じゃないんだからね!」
「へ? ふぁにふぁいっふぁふぁ、こよりふぁん?」
振り向いた斉彬くんはいつの間に買ったのか、口いっぱいに串焼きを頬張っている。いつの間に買ったの?
「もう、何やってるのよ!」
言いつつ、つい笑顔になってしまう。
「うまいぞ。こよりさんも食うか?」
斉彬くんが今まで食べていた串を差し出してくる。イノシシ肉の焼けたいい匂いがわたしの鼻腔をくすぐり、口の中につばが溜まってくる。
そういえば、朝ご飯食べてなかったんだ。
いつもはランニングの後、朝ご飯を食べてから地下迷宮に行くんだけど、今日は文化祭だということで朝ご飯は食べていなかった。
そしてもちろん、
「ううん、わたしはいいから。斉彬くん食べて」
「ほうか? もぐもぐ……うまいぞ……もぐもぐ……。こよりさんも、朝ご飯食べてないんだろ? ごっくん」
「もう。喋るか食べるかどっちかにしてね」
「うお! こっちには焼きそばがあるぞ! たこ焼きだと!? タコはどうしてるんだ? タコもどき!? タコもどきって何だよ!」
斉彬くんはまるで水を得た魚のように目を輝かせては周りの屋台に目を取られている。もちろん、繋いでいた手もいつの間にか離してしまっている。ちゃんと掴まっていろって言ったのはもう忘れてしまったみたい。
……でもまあ、喜んでるみたいでよかった。
「…………ん!」
突然、目の前に突き出された茶色い物体。いつの間に買ってきたのか、斉彬くんがチョコバナナをわたしに差し出してきた。
「……え? わたしに?」
斉彬くんはこくこくと頷く。というのも、斉彬くんはリンゴ飴を頬張って喋れないからだ。
チョコの甘い香りが鼻腔をくすぐり、意図せずお腹が鳴ってしまった。顔が赤くなるのがわかった。それでも今食欲に屈するわけにはいかないの。耐えて、こより!
「わ、わたしはいいから。斉彬くんが食べなよ」
なんとかその言葉をひねり出した。さっきからお腹がくーくー鳴っている。
「いやでも、こよりさん腹減ってるだろ? 朝飯食ってないんじゃないか?」
斉彬くんが心配そうにわたしを見ている。何故か罪悪感に苛まされてきた。
「あ、もしかしてオレが朝早くに来ちゃったから? オレのせいで朝メシ食えなかった?」
ならこれもとトウモロコシを差し出してくる。うーん、そういうんじゃないんだけどなぁ……。
しかしそこで斉彬くんの雰囲気が少し変わった。優しさはそのままで、おちゃらけていた印象が消えて少し真面目に、大人っぽく。
「こういう日はさ、楽しんだもん勝ちだと思うぜ、こよりさん」
もう、しょうがないなぁ。そんなこと言われたら断れないじゃない。
私はこくりと頷いてチョコバナナとトウモロコシを受け取った。何も言わなかったのは恥ずかしかったからだ。
トウモロコシをひとくちかじる。トウモロコシの甘い味に少し焦げた醤油の味が絡み合って空腹が絶妙のスパイスとしてわたしの味覚を刺激した。
「うん、おいしい」
その一言に斉彬くんが満面の笑みで応えてくれた。
……もう、ずるいんだから。
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