灰かぶりのこより3

 それからゆっくりと屋台が立ち並ぶ通りを二人で歩いていた。斉彬くんに半ば押しきられてしまったわたしは彼の言うとおりせっかくだから楽しまないととフライドポテトとかフランクフルトとかを買って斉彬くんと分けて食べたりしていた。


 ……明日からランニングの距離を増やさないと。


 右も左も辺りは北高の生徒だらけ。相変わらずの混雑ぶりだ。これが本校舎と校庭の間の通路だとはとても思えない。昔行ったお祭りの雰囲気とそっくりだ。


「こよりさん。ほら、クレープ」

 斉彬くんがどこからか買ってきた生クリームとフルーツがたっぷり詰まったクレープを渡してくる。


「もう! 斉彬くんってばわたしに何か食べさせるの面白がってるでしょ! 太ったらどうするのよ!」

「まあ、おれはこよりさんのあるがままを受け入れるがな」

「…………バカ」

 斉彬くんは普段からこういう恥ずかしいことを言ってくる気がする。最近になってからかも?


 でも、「全然太ってない」とか「少々ぽっちゃりしてるほうがかわいい」とかいう、デリカシーのないことを言わないのはさすがだなと思う。


「……! これおいしい!」

「だろ? 栗山のヤツがあらかじめリサーチして教えてくれたんだ。バレー部の新作だってさ。あいつもたまには役に立つ」

 そう言って斉彬くんは自分で持っている別のクレープをぱくりと口に入れた。わたしのストロベリーのと違って斉彬くんのハバナのクレープだ。


 わたしが斉彬くんのクレープを見ていると、彼はわたしが欲しがっているのと勘違いしたのか、

「食べるか?」

 なんて差し出してきた。もう、わたしはそんなに食いしん坊じゃないんだから。そういうのはジーヌちゃんで十分だから!


 でも……。


「はむっ……うん、おいしい! あ、これ、アイスが入ってるんだね」

「マジかよ! おっ、奥の方にアイスが入ってるのか。なるほどそれでバレー部ってわけか」

「斉彬くん、わたしのも食べてよ」

「おう、サンキュ」

 わたしが自分のクレープを差し出すと斉彬くんはわたしよりも大きな口でぱくりとクレープにかぶりついた。


「うん、うまい」

 あ、でもこれ……。

「間接キス……」


「ん? 何か言ったか?」

「ううん、何でもない。あっ、あっちに射的があるよ。行ってみよう」

 わたしは照れ隠しに斉彬くんの手を引く。


「わわわっ、引っ張るなって!」

 その時、「ねんがんのアイスキャンディー、ゲットしたっす!」という声とともに激しい衝撃がして、わたしは後ろに跳ね飛ばされた。この混雑だ。誰かにぶつかってしまったのだ。


「おっとと、大丈夫か?」

 幸い、後ろにいた斉彬くんが抱きとめてくれた。


「ごめんなさい。大丈夫?」

 わたしは斉彬くんに支えられながら、ぶつかった相手に声をかけた。


「大丈夫っす、こっちこそ、よそ見をして申し訳なかったっす」

 という声が聞こえてきたのだが、肝心の声の主が見当たらない。

 よく見ると、少し離れた屋台と屋台の間、無造作に積み重ねられた空き箱の山ががたがたと動いている。おそらく、積まれた空き箱に突っ込んで崩れたのだろう。


「大丈夫?」

 わたしは斉彬くんとそっちの方へ行って、空き箱の中でもがくその人の手を取った。

 しかし、何かがおかしい。具体的にいうとずいぶん毛深いのだ。まるで、犬の足を掴んだような感覚。


「……?」

 その疑問はすぐに解消された。空き箱の山から出てきたのは腰ほどもない小柄な体躯と全身を覆う青い体毛、それに犬そっくりの愛らしい顔つき。


 北高の地下、地下迷宮に村を作って暮らすコボルトの戦士長、ゴンちゃんだった。


「ゴンちゃん……!」

「おや、こよりの姐さんに森殿ではないっすか」

「ゴンじゃねえか。こんな所で何やってるんだ?」


 ゴンちゃんたちコボルトはいわゆる“亜人”と呼ばれる種族で場所によってはモンスター扱いされたりペット扱いされたりもするが、ここ北高では地下迷宮で採れる肉を捌いて出荷してくれる必要不可能なパートナーだ。


 わたし達〈竜王部〉はコボルト村を襲っていたモンスターを退治してコボルト達の信頼を得た。それ以来の付き合いである。

 今では〈竜王部〉だけでなく校内のいろいろな部と交流があるらしい。


「何って、文化祭を見に来たっすよ。見て欲しいっす、これを! このアイスキャンディーがあるだけでこの暑い日でも快適に過ごせるっすよ! すごいっす!」

 鼻息荒く手に持った棒を掲げるゴンちゃん。最近はずいぶん涼しくなってきたけど今日はかなり暑くなりそう。それにいつも天然の毛皮を来ているコボルトは人間以上に暑がりなのかも。でも……。


「アイスキャンディーって、何もないじゃないか」

 斉彬くんがゴンちゃんが持つ棒を指さした。そこには確かに長さ十五センチくらいの棒があるだけで肝心のアイスキャンディーはない。


「ああっ! いつの間に!」

 ゴンちゃんは慌てて背後の――自分の突っ込んでいた空き箱の山をあさり出す。やがて地面に落ちて無残にも土まみれになったアイスキャンディーを見つけ出してがっくりうなだれた。どうやら、転んだ拍子にアイスキャンディーが棒から取れてしまったようだ。


「あぁ……おいらのアイスキャンディー……」

 小さいゴンちゃんがさらに小さくなったようだ。もしかすると、前から楽しみにしていたのかもしれない。


 わたしはうなだれるゴンちゃんをのぞき込むようにしゃがむと、

「新しいの買ってあげるから、元気出して」

 しかしゴンちゃんは勇敢で知られるコボルトの中でも戦士長を務めるほどだ。一瞬前までしょぼくれていたコボルトと同じ人物とはとても思えないほどキリリとした顔で立ち上がった。


「いえ、姐さんに恵んでもらうわけにはいかないっす。大丈夫。お金ならあるっす。新しいのを買ってくるっす!」

 そう言い残して短い足で走って行ってしまった。ここまで「アイスキャンディーもう一個欲しいっす!」という元気な声が聞こえてくる。


「……相変わらず忙しいやつだな」

「ふふっ、そうかもね。でもかわいい」

「えっ!? こよりさんはああいうタイプが好みなの?」

 斉彬くんが何か誤解したようだけど、わたしはあえてそれを訂正したりはしなかった。ふふふ、わたしって悪い女かしら?

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