不思議の国の楓6
「はっ…………!」
私が飛び起きると、そこは薄暗い部屋でした。どこかつんという匂いがします。
「ここは……どこでしょう……?」
どうやら、私はベッドの上に寝かされていたようです。ベッドの上で上体を起こし、辺りを見回しても暗くてよくわかりません。
「お、気がついたか」
奥の方から声がしました。すると部屋全体が明るくなります。部屋の明かりが付いたみたいです。
そこは保健室でした。保険の辻先生――〈竜王部〉の顧問の先生でもあります――がベッドの前にかけられている白いカーテンの間から姿を見せます。
「あの……私、どうしちゃったんでしょう?」
記憶があいまいです。確か、同じ顔をしたトランプさん達に追いかけられて、それから……よく覚えていません。
辻先生は手に持っていた紙コップから何か――ここから先ほどの匂いがします――を飲んでから呆れたように答えます。
「文化祭が楽しみなのはわかるが、炎天下ずっと日向にいるから熱中症になるんだぞ。建設中の屋台の横でひっくり返ってるのを担ぎ込まれたんだ。十月だからって油断するな」
「熱中症……そうだったんですか……」
驚きました。私はずっと文化祭が行われる予定の屋台の隅でひっくり返っていたようです。畑を使った迷路も、大きなイモムシさんも、お茶会も、トランプさん達の裁判も、すべて夢だったのでしょうか……。
「ん、熱は下がったようだな」
辻先生が体温計を取り出して私の熱を測ってくれました。
「でもまあ、今日は大事を取って朝までここで休んでおけ」
「はい……」
何かおかしいです。今の辻先生の言葉に違和感が……。
「あぁっ! もう夜中じゃないですか!」
なんということでしょう。熱中症でひっくり返っている間に文化祭の一日目は終わってしまったのです。うぅ、せっかく浅村くんを誘おうと思ったのに、一日を無駄に過ごしてしまいました。
「そうだ、もう夜中だから寝ろ。ここから先は大人の時間だ」
そう言って辻先生はカーテンの向こうへ下がっていきました。気のせいか、先ほどの匂いが強まったように思えます。
「おやすみなさい……」
熱中症で体力が落ちていたからでしょうか、私は眠くなって再びベッドの中に入りました。
「あれ……?」
布団の中で寝返りを打とうとしたとき、何かに当たりました。スカートのポケットの中です。あのドレスはすでになく、今朝私が着てきた冬服のスカートです。
「…………?」
ポケットの中に手を入れて取り出すと、それはとても小さな巾着袋でした。
私の記憶にあるものとサイズはずいぶん違いますが、確かにお茶会の時にネズミさんからいただいたお土産のクッキーです。
あれは夢だったはずなのに、不思議なこともあるものです……。
そんなことを考えながらも次第にまどろんでいきました。
こうして、私の文化祭一日目は終わったのです。
聖歴2026年10月2日(金)
翌朝。この日の文化祭は校舎内の開催で、〈竜王部〉のショーレストランも開かれます。
私はまだ寝ている辻先生にお礼を言って着替えるために一旦弓道部の部室に戻ることにしました。
そこでは、朝帰りだった私にひやかしやら質問やらが雨あられのごとく飛んでくるのですがよくわかりませんでした。
どうして先輩たちは私が保健室で一泊するとあんなに目をきらきらさせて「どうだった?」と聞いてきたのでしょう?
もちろん、保健室のベッドはいつもと変わりありませんでした。
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