不思議の国の楓4

「あっ……!」

 突然目の前が開けました。

 そこは作物が刈り取られた跡でしょうか、うっそうと茂る森の中、まるで広場のようにその部分だけがぽっかりと穴のように開けているのです。


 私は辺りを見渡しながら広場の中央に向けて歩きました。そこには大きなテーブルが置いてあり、巨人よりも大きな人たちがお茶会を開いていたのです。

 いえ、本当は小さいのかもしれません。今の私は米粒よりも小さいのですから。


「やあ、いらっしゃい」

 お茶を飲んでいたシルクハットの人が帽子を取って挨拶しました。

 帽子の下には犬の顔。シルクハットの人はコボルトさんだったのです。


「どうだい、一緒にお茶でもいかがかな?」

 私にそう声をかけてくれたのは椅子に座ったネズミさんです。その隣にはあの時追いかけていたウサギさんもいます。


「ありがとうございます。でも……」

 私はお茶会が行われているテーブルを見上げます。そう、今の私にテーブルは四階建てのビルみたいに大きく見えるのです。これではお茶やお菓子をいただくことはもちろん、椅子に座ることすらできません。


「私にその椅子は大きすぎて……」

「ん? 大きすぎる? そんなことはないと思うけどな」

「えっ……!?」


 気がつくとどうでしょう。私の身体はシルクハットのコボルトさんの言ったように、椅子にちょうどいい大きさに変わっているではありませんか。おまけに私の服はいつの間にか北高の制服ではなく、水色のワンピースになっています。


「さあ、どうぞどうぞ。遠慮は無用だよ」

 ネズミさんに勧められるまま、椅子に座ります。いつの間にか、私の席の前においしそうなクッキーと湯気の立つ紅茶が入ったカップが置かれていました。


 私は紅茶のカップを手に取って、口をつけます。暖かくて少し甘い紅茶に「ほう」と息をつきます。


「……おいしい」

 私がそうつぶやくと、ウサギさんの耳がぴくりと動きました。どうやら、この紅茶とお菓子を出してくれたのはあのウサギさんのようです。私はウサギさんににっこり微笑みました。


「そうかそうか、じゃあ、お土産に持って帰るといい」

 ネズミさんはテーブルの真ん中に置いてあった籠からクッキーをいくつか取り出すと、小さな袋に入れて私に渡してくれました。


「ありがとうございます」

 メリュジーヌさんにあげたら喜ぶだろうな。そう思った私は遠慮なくそれを受け取ってスカートのポケットに入れました。




「ところで、皆さんはここで何を?」

 私の質問に、コボルトさんが答えます。


「何って、お茶会さ」

 その答えにコボルトさんは慌てて付け加えます。もしかすると私が少しだけむっとしてしまったからかもしれません。

「おっとっと……そんな顔しないでいおくれよ、お嬢さん」


 コボルトさんはそう言ってウサギさんが煎れたお茶を口にします。それを見て今度はネズミさんが後を継ぎました。

「ボクたちはここの地下の迷宮に暮らすモンスターなんだけどね、ホラ、日の当たらない地下にずっといると気が滅入るじゃない」


「なるほど……それで時々こうして外に出てお茶会をしているというわけですね」

「そゆこと。上で仕事をしている彼が時々招待してくれるんだよ」


 ネズミさんがちらとウサギさんの方を見ますが、ウサギさんは目を瞑ったままお茶の香りを楽しんでいます。どうやら、マイペースな方のようです。あっ、今、ウサギさんの耳がぴくりと動きました。


「それで、お嬢さんはどうしてここに?」

 今度はコボルトさんが聞いてきました。私は今朝からのことを少し考えます。


「ほうほう。文化祭の出し物の迷路に入ったら迷った……?」

「学校ではそんなことをやっているのかい? いやぁ、実に楽しそうだ」

 コボルトさんとネズミさんが楽しそうに頷いてくれました。その横でウサギさんも鼻をひくひくさせています。


「それで、出口がわからなくなってしまって……」

「なるほど、それは大変だね」

「だったら、彼に頼めばいい」

「ああ、それはいいアイデアだね。頼まれてくれるかい?」


 コボルトさんとネズミさんがウサギさんに頼んでくれます。

 しかし、ウサギさんはそれには答えず、耳をぴくりと動かしてどこか遠くの方を見ています。


「…………!」

「まずい! あいつがきた!」

「お嬢さん、お嬢さんも早くここから逃げるんだ。急いで」

 突然の空気の変化に私は追いつけません。


「え? え?」

 私は辺りをきょろきょろと見回しますが、何も見当たりません。私はコボルトさん達に何が起きたのか聞こうとしましたが……。


「あ、あれ?」

 そこには誰もいませんでした。テーブルの上の散らかったクッキーと、まだ湯気の残るお茶だけがそこで今までお茶会が開かれたことを記憶しています。


 そうしている間に、私の後ろからラッパを吹き鳴らしながら誰かが歩いてくる音が聞こえてきました。

 私がそちらの方を見ていると、木々――畑の作物ですが、私の大きさでは木々に感じられます――の間から奇妙な人たちが現れました。


 奇妙な人と言いましたが、本当に奇妙なんです。

 手足こそ普通なのですが、その手足から繋がる身体はトランプなのです。


 もののたとえではなく、本当にトランプそのものです。身体にはハートの五とか、スペードの三とか、その人によって異なる番号がついています。

 トランプの人たちは全部で五人。横に一斉に並びます。なんと、トランプの人たちの顔はみんな同じなのです。私はびっくりして、その場で何も言えないままただ座っていました。


 五人のトランプさん達のうち、真ん中の人、スペードの九の人が一歩前に出ました。

「貴様ッ! 一体ここで何をしている!」

 そのあまりの迫力に、私は思わずたじろいでしまいます。


「えっ、わ、私ですか?」

「そうだ! ここは立ち入り禁止区域だ!」

「そ、そうなんですか? すみません……」


 いつの間にか立ち入り禁止の場所に入ってしまったようです。私はスペードの九の人に謝ると、その隣にいたハートの5の人がスペードの九の人に何やら耳打ちをします。


「何っ!? 貴様、校則違反者なのか? そうなんだな!」

「い、いえ……違います! 私は……」

「われわれ、トランプの騎士の目の前で校則違反とはいい度胸だ! 逮捕だ。タイホっ!」


 トランプさんたちが一斉に私に向けて飛びかかってきました。


「きゃーっ!」

 私は逃げ出すこともできず、ただ悲鳴を上げるだけでした。

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