不思議の国の楓3
「すごいです。本当に迷ってしまいそうです」
迷路の中に入った私は、周りを見て驚きました。
右も左も、今来た方向とこれから向かう方向以外のすべてが生い茂る作物の葉で覆い尽くされています。私の背丈よりもずいぶん高いです。多分、〈竜王部〉で一番背の高い斉彬さんでもこの上に顔を出すことはできないでしょう。それほどの高さなのです。
でもそのおかげでとても迷路らしい迷路になっていると思います。私は普段から地下迷宮という名前の迷路の中を浅村くん達と探索していますが、暗くて不気味でいつモンスターが出てくるかわからない地下迷宮よりも、明るくて緑の匂いがして秋の風を満喫できるこの迷宮の方がずっと楽しいです。
「ここは……こっちでしょうか?」
実は私、方向音痴というほどではありませんが、道を覚えるのはあまり得意ではありません。地下迷宮を探索しているときはこよりさんの作った魔法の地図があるので迷うことがありませんが、今はこよりさんもいないので……。
「迷いました……」
迷路だから仕方がないと言われればそうなんですが、迷ってしまいました。もう、どっちが入り口かもわかりません。相変わらず周りは私の背丈よりもずっと高い作物で覆われています。
しかしここは校庭に作られた畑の中です。北高の校庭は中学時代の校庭よりはずっと広いですが、それでも限度はあります。歩いていればいずれ出られるでしょう。
気を取り直して迷路の先を進みました。
いい天気です。十月にもかかわらず、少しずつ気温も上がってきているようで、これならばバレー部のアイスクリーム屋さんも盛況そうだなと勝手なことを考えながら作物でできた迷路を進んでいきます。
迷いながら歩いていると冬服では少し汗ばむような陽気に爽やかな秋のそよ風が流れてきて気持ちがいいです。とても学校の中とは思えないのどかな風景と心地よいお天気。この迷路を考えた人は天才なのではないかと思ってしまいます。
と、その時、目の前の作物が揺れました。
風で揺れたのではありません。風で揺れたのならば背の高い作物の上の方から揺れるのですが、その作物は根元から揺れたのです。
私がじっとそちらの方を見ると、作物の間から白くて小さいものが現れました。
「わぁ、かわいい……!」
思わず笑みがこぼれます。一匹のふわふわのウサギさんが飛び出してきたのです。
そういえば家庭科部の山川さんは“
ウサギさんは鼻をひくひくさせながらこちらをじっと見ています。私はしゃがみ込んでウサギさんとなるべく頭の高さを合わせようにします。思わず顔がほころんでしまいます。
そんな至福の時間を少しの間過ごしたあと、ウサギさんは唐突に走り出しました。
「あ、待ってください……!」
私は迷路のことも忘れてウサギさんのあとを追いました。
ウサギさんは作物の間を抜けて奥へ奥へと入っていきます。私もそれについて行きます。
ウサギさんは身体が小さいので作物の間でも平気に抜けていきますが、私はそうも行きません。何度か転びそうになったり、葉っぱが口の中に入ったりしましたが、それでもウサギさんを見失わないようにあとを追いかけます。
「ひゃん!」
突然、柔らかい壁のようなものにぶつかってしまい、ヘンな声が出てしまいました。
私はその壁に跳ね返されてコロコロと後ろに転がってしまいます。
「いたたたたた……」
お尻をさすりながらどうにか起き上がって前を見ると、目の前に緑色のぶよぶよした壁があるじゃありませんか。
不思議な壁です。それはうねうねとうねって私から見て左の方向へ進んでいきます。私が壁の所にまで戻ってそれを触っていると、左の方から声がしました。
「ごめんよぉ、だいじょうぶだったかい~?」
低くてどこか間延びしたような声です。
「あ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
そう答えて声のした方を向きました。そうしたらびっくりです。
「うわぁ……」
だって、声の主は緑色のぶよぶよした壁の先、大きな黒い目玉のような模様とその先の太い触覚がついている――とてもとても大きなイモムシさんだったのです。こんな大きなイモムシさんは地下迷宮の中でも見たことがありません。
「それはよかったぁ~。ぼくは、こんなからだだから、うしろのほうがよくみえないんだよぉ~」
相変わらず間延びした声に、私もびっくりしていたのを忘れて暢気にお話しを始めてしまいました。
「大きな身体ですから、仕方がないと思います。私こそ、よそ見をしていて申し訳ありませんでした」
そう行って頭を下げると、イモムシさんは不思議そうに言います。
「ぼくがおおきい~? ぼくはおおきくないよぉ。きみがちいさいんだよぉ」
「え……?」
そう言われてみれば、さっきまでは私の頭のすぐ上くらいまでだった作物たちが、今はまるで巨木のようにうっそうと茂っているように見えます。すぐ近くに落ちていたトウモロコシの粒などは私が抱えても持ち上げられないくらいに大きいのです
「このあたりには、きけんないきものもおおいから、きをつけるんだよぉ~」
私が唖然としている間に、イモムシさんはそう言い残していなくなってしまいました。
「……困りました。こんなに小さくなってしまっては、迷路の出口にたどり着けないかもしれません」
途方に暮れていても仕方がないので、歩き出すことにしました。どこへですって? さぁ……。
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