猿も木から落ちる6

「というわけだけど、できそう?」

「…………大丈夫だと、思います」

「やってやろうじゃないか」

「わたしも大丈夫」

 慎一郎の作戦説明に楓、徹、こよりが頷いた。


「それじゃ、各自準備を――」

「待て」

 作戦開始の号令をかけようとした慎一郎を瑠璃が制した。


「慎一郎、この作戦ではお前が最も危険だ。その役割はあたしが――」

 しかし、逆に慎一郎がその言葉を制した。


「ダメだ。この作戦はスピード勝負だ。きみよりもおれの方が速く走れる」

「な……! あたしだって……!」

 反論する瑠璃に慎一郎は指さす。瑠璃の黒いタイツで隠された脚を。


「脚も石化でちゃんと動かないんだろ?」

「……!」


 最初に瑠璃が現れたとき、眷属達の担ぐ輿に乗って現れた。地下牢に案内するときも妙にゆっくり歩いていたし、彼女の部屋で休憩しようと言い出したのはあれ以上歩けなかったからなのだろう。


「だが、これはあたしのミスだ! このツケは……」

「おれは、失敗するためにこの作戦を立てたんじゃない」

「な……」

 慎一郎は瑠璃の肩に手を置いた。


「全員が無事にここを出るために最も成功率が高いのがこの役割分担とおれは判断した。責任とか、そういうのは関係ない」

『そうじゃぞ。ま、わしらの働きぶりを特等席で見て、そして驚愕するが良い。わしが育てたこやつらの活躍ぶりをな』


「浅村くん、準備できたわよ」

 奥の方で準備を進めていたこよりが声をかけてきた。見ると、慎一郎が要求したとおり、石造りのゴーレムが五体、並んで待機している。この地下牢の壁から創りだしたゴーレムだ。


「俺もいつでもオッケーだ」

「私もです!」

 徹と楓も慎一郎の方を見て笑顔で準備完了を告げた。


「絶対に成功させましょう!」

 慎一郎はこくりと頷き、そして瑠璃の方を見た。


「おれ達に任せてくれ」

 瑠璃は少しだけ逡巡した後、こくりと頷き、そして、

「ありがとう」

 それを合図としたかのように、まずこよりのゴーレムが牢の外に向けて走り出した。




 ――コケェェェェェッ!


 コカトリスはまるで動くものの存在を許さないかのように駆け寄ってくる五体のゴーレムに視線を向けた。

 しかし、元々石でできているゴーレムにコカトリスの必殺の視線は通用しない。


 五体のゴーレムのうち、四体が次々コカトリスの頭部に飛びかかる。

 その動きを少し離れた所で見ているゴーレム。このゴーレムの視界はこよりと共有されている。


 ――クェェェェェェェェッ!


 頭部に取り付けられたコカトリスは激しく頭を振ってこれを振りほどこうとするが、ゴーレムの手先は鍵状になっていて容易くは振りほどけない。


 やがて、四体のゴーレムがしっかりとコカトリスの頭部にしがみついた。その瞬間を見計らってこよりが次の命令を送る。

「形状変更!」


 その命令に従ったゴーレム達が次々と姿を変える。石のゴーレムはまるでカーテンのように姿を変えてコカトリスの顔にまとわりつく。


 ――キエェェェェェェェェェ!


 コカトリスが激しく暴れるが、絡みついた石のカーテンは剥がれる様子もない。

「いいわ。コカトリスの視界を塞いだ!」

「今井さん!」

「はい……!」


 石のカーテンがまとわりついて一時的に石化の脅威が過ぎ去った通路に楓が愛弓を持って躍り出た。彼女は大きく息を吸って吐き、集中力を高める。


「はっ……!」

 気合い一閃、楓の放った矢が一直線に目標へと飛んでいく。


 勢いよく飛んでいくそれは、しかし十メートルの距離を隔てて暴れるコカトリスへ向けてのものではない。


 楓の矢は狙い違わず通路の左右に備え付けられているたいまつを次々貫いていく。

 その狙いは正確無比。先端に布を巻き付けた加工をしてあるその矢は見事にたいまつを落としていき、落とされたたいまつは床に落ちて火が消える。


「もう一回……!」

 通路の奥までの消灯を確認した楓は、すかさず通路の反対側に移動する。両脇に設置されていたたいまつの片側はすべて落とした。残るもう片方のたいまつも同じように消しに行く。


「えいっ……!」

 楓の第二射。


 しかし少し力んだのか、狙いがそれて楓の矢はたいまつを三つ落としたところで方向を見失ってしまった。


 だが楓はうろたえない。改めて精神を集中させると、真っ暗な通路の中、数少なくなった遠方のたいまつを狙い、第三射を放つ。


 それは最初の一射以上の正確さで通路内の空気をかき分け、正確に、まっすぐ飛んでいく。

 ひとつ、またひとつとたいまつが弾き飛ばされ、やがて最後のひとつが消えて石造りの通路に闇が訪れた。


「やった!」

 楓は小さくガッツポーズをすると、仲間達が戻る牢へと戻った。周囲は完全な暗闇だが、彼女の腰にはあらかじめロープがくくりつけられており、それをたどれば簡単に戻ることができた。




 楓がたいまつの明かりを消しているその時、徹は慎一郎に魔法をかけていた。

 徹の魔法が完成するに近づくにつれ、慎一郎の視界は青く染まっていく。


 〈暗視〉の魔法――。文字通り、暗闇の中でもものを見通せる魔法だ。徹がこの魔法を覚えていたから、この作戦が決行できたともいえる。

 以前、暗闇の中で遭難者を救出するときに難儀した経験からこの魔法を覚えることにしたらしい。決して、やましい動機からでは……ない……はずだ。


 徹のつぶやく声が終わった。呪文が終了したのだ。

「有効時間は約十分。ま、大丈夫だとは思うけどな」

 徹がそう言って慎一郎の頭をぽんと叩く。


 そう言っている間に楓がたいまつをすべてたたき落とした。とはいえ、慎一郎には〈暗視〉の効果によって先ほどと何も変わらない。いや、魔法がかかる前よりもはるかに明るい。


「よし、全部消えたみたいだ。行け!」

 徹の合図とともに慎一郎が走り出した。牢の外、石造りの通路へ。

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