猿も木から落ちる5
『コカトリスじゃ! 全員牢の中に入れ!』
メリュジーヌが叫び、全員が最も近い牢の中に入った。
――クケェェェェェェェェェェッ!
巨大なニワトリ――コカトリスは耳をつんざくほどの叫び声を発したかと思うと、一歩一歩、大きな足音を立ててこちらに歩み寄ってくる。
『奴と目を合わせるな。石にされるぞ』
メリュジーヌの警告に皆が身をすくませる。しかし、状況は一歩先に進んでいた。
「悪い、メリュジーヌ。やられたみたいだ」
「斉彬くん!」
こよりが斉彬の元に駆け寄った。素早く制服のズボンをまくって彼の足を見ると、白く石化が始まっており、それは少しずつ上の方に侵食しているのがわかる。
「なんとかしてみるわ」
結希奈が斉彬の足に手をかざし、呪文を唱え始めた。石化した部分の周りが淡く光る。
しかし、石化は元には戻らない。結希奈の顔に焦りの表情が浮かぶ。
「ダメ。あたしじゃ石化の進行を遅らせるだけで精一杯みたい」
「ど、どうすれば……?」
『あの鳥を倒す以外なかろう』
狼狽するこよりの問いに答えたのは真剣な表情で斉彬の脚を見つめるメリュジーヌだった。
「クソッタレが!」
瑠璃が左手で牢の壁を叩くと石で石を叩いたような固い音がした。
「あいつら地下牢の作りを手抜きしやがったな! クソが!」
瑠璃は眷属にこの石造りの城を造らせたと言っていた。“あいつら”とは眷属のサル達だろう。
外の通路からは断続的に激しい破壊音が聞こえてくる。“酉”が手当たり次第に周囲の通路を破壊しまくっているのだ。しかしここは地下だ。あまり派手に暴れられれば、周囲の地盤そのものが崩壊しかねない。このまま好きにさせるわけにもいかない。事態は一刻を争う。
「あたしに任せてくれ。自分のケツは自分で拭く」
そう言うと、瑠璃は短く口笛を吹いた。すると辺りにたくさんの小さなものが動く気配が感じられた。
「行け!」
瑠璃が鋭く命じると、石造りの通路に身を隠していたサルの眷属達が一斉に通路の奥――コカトリスの居る方向に向けて走り出した。
『馬鹿な! 無鉄砲すぎる! やめさせろ!』
メリュジーヌの叫びもむなしく地下牢の前をサルたちが駆けていく。
――キシャァァァァァツ!
――クエェェェェェッ!
サルたちは牢の前で突然足を止めた。
いや、足を止めたのではない。コカトリスによって一瞬にして全身を石化させらさせられ、物言わぬ石像となってしまったのであった。
「ちっ、使えねえ……! こうなったらあたしが……」
「落ち着け、瑠璃!」
今にも牢から飛び出そうとした瑠璃の肩を慎一郎がつかんで止める。
『そうじゃ! お主が飛び込んでどうなるものでもあるまい!』
「じゃあ、どうすりゃいいってんだよ! あ?」
瑠璃がメリュジーヌを睨む。そこに割って入ったのは徹だ。
「落ち着けって。瑠璃ちゃんにちょっと聞きたいんだけどさ」
「あ? なんだてめーは」
今度は徹を鋭く見る。今の瑠璃はむき出しの刃のように近づく者すべてを斬りつける。それは、彼女自身も例外ではない。
「瑠璃ちゃんさ、あのトリを捕まえてたって言ってたじゃん」
「それがどうかしたんだ?」
「いや、どうやって捕まえたのかなって」
「そんなこと今は関係……」
そこまで言った瑠璃ははっと何かに気づいたように大きく目を見開いて徹を見た。幾分であるが、先ほどまでのとげとげしさはなりをひそめている。
「……お前達を捕まえたときと……同じ方法だ。囮が奴を引きつけて、眷属が魔法で眠らせる」
「囮? その時は誰が囮に?」
「同じだと言っただろ? ……あたしだ」
言って、瑠璃はこれまで隠していた左手を見せる。手袋を取り、袖をまくった。
「…………!」
息を呑む一同。瑠璃の腕は白く、硬く固まっていた。まるで石像のような腕。彼女の左腕は完全に石化していた。
「コカトリスの視線に石化の効果があるのは知っていたらからな。あらかじめ魔法で対策をしておいたがこのザマだ」
今でも定期的に薬を飲まないと石化は進んでいくのだという。
「だが、おかげでやるべきことを思い出した。もう一度同じ手で行く。徹と言ったか? 〈誘眠〉の魔法は?」
「え……? つ、つかえるけど……おい、お前もしかして!」
まくった袖を元通りにして立ち上がる瑠璃が牢の中の部員達を見る。
「言ったろ? 自分のケツは自分で拭くとな」
「お、おい待てよ! そんな状態であいつの前に行ったら、今度こそ……」
「安心しろ。この状態でも二分は耐えられる。あたしが奴の気を引いてるうちにしっかり眠らせるんだ。眷属にはお前達の指示を受けるように言い聞かせた」
「待てってば! おい、慎一郎! なんとかしてくれ! このままじゃ……!」
徹が慎一郎の方を振り返るが、慎一郎は何かをつぶやいていて、徹の声には反応しない。
「おい、慎一郎!」
徹が叫んだとき、慎一郎が顔を上げた。
「待ってくれ。おれに策がある」
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