猿も木から落ちる3
「“
「そうよ。と言っても、他の化け物達と違って、あたしはハーフだけど」
降参した松坂瑠璃は素直だった。慎一郎の要求に従って身体を束縛する魔法を解除してくれた。
と言っても、この魔法の解除にはしばらくかかるようで、慎一郎は少しずつ取り戻されていく身体能力を待ちながら、瑠璃から事情を聞いていた。
「ハーフ?」
「そう、大陸にいた
「せいてん……ってどこかで聞いたことあるな」
「まあ、いろんな所で暴れてたって話だからね。噂が聞こえてきていても不思議はないわ」
慎一郎は右手のひらを開き閉じて自由が戻ったことを確認する。
「よし、行こうか」
「どこへ?」
「まずは……そうだな。おれの〈副脳〉を返してくれ」
「〈副脳〉? ああ、あの白い箱のことね。いいわよ。着いて来て」
スタスタと歩き出す瑠璃の後ろを慎一郎はまだ少し覚束ない足取りでついて行った。
「ねえ」
「何だ?」
「もうおかしなことしないからさ、この剣、下ろしてくれない?」
慎一郎と並んで歩く瑠璃の周りには合計で四本の剣や斧、槍が浮かんでいる。すべてあの拷問部屋にあったものを慎一郎が〈浮遊剣〉で動かしているものだ。
「悪いな。まだ身体が思うように動かないから、いざというときのためにこうさせてもらう」
慎一郎の拒絶の言葉にも瑠璃は気を悪くした風もなく、肩をすくめただけだった。
瑠璃は自分を敗北に追いやったふわりと浮かぶ剣をしみじみと見る。
「それにしても、魔法の手で武器を振り回すなんて、想像もしなかったわ。〈浮遊剣〉ねぇ」
二人は石造りの通路を歩く。途中、瑠璃の眷属であろうサル達を何匹か見かけたが、いずれも襲いかかってくることはなくただじっとこちらを見ているだけだった。
「こっちよ。もうちょっと」
瑠璃に案内されるまま通路の角を曲がって進んだとき、慎一郎は自分の〈副脳〉が接続される感触を得た。
『シンイチロウ!』
その瞬間、慎一郎にとっては聞き慣れた、しかし懐かしくも感じるメリュジーヌの声が聞こえてきた。
「メリュジーヌ、無事だったか!?」
『それはこっちの台詞じゃ! わしはもう……心配したぞ!』
「すまない。こっちはちょっとしたトラブルがあったけど、もう大丈夫だ」
『うむ。それは見ればわかる。ところで、そこで目を見開き驚いている
「竜王メリュジーヌ!?」
『うむ。わしこそが竜の王、王の中の王、竜王メリュジーヌじゃ』
地下に作られた城の一室で〈副脳〉と武器やその他の装備類を受け取った慎一郎とメリュジーヌは、さらに石造りの通路を瑠璃の案内で歩いて行く。
「はぁ……相手が悪かったわ。竜王メルジーヌ相手に喧嘩売って勝てるはずないじゃないの」
瑠璃が肩を落としながら通路を進んでいく。
三人は〈竜王部〉の部員達が捕らえられている地下牢へ向かっていた。もちろん、彼らを解放するためである。
『それで? そなたは何故、かような場所にこんな城を構えておる?』
今三人が歩いているのは北高の地下深くにある石造りの城だ。その規模はかなり大きく、思いつきで構えられるものではない。
「え? いや、ここ、あたしの家だし。こんな暗くて寒い地下迷宮にそのまま住むなんてあたしには無理。ほら、“辰”だってちゃんと自分の家持ってるじゃない」
“辰”とは“辰”の〈守護聖獣〉こと、〈竜海神社〉の巫女でもある巽のことだろう。とすると家とは〈竜海神社〉のことだろうか。
「どうせなら昔テレビで見た西洋のお城っぽいのがいいなーってこんな感じにしたワケ。どう? お洒落でしょ?」
「て、テレビ!?」
「何よ。あたしだってテレビくらい見るわよ。悪い?」
口をとがらせた瑠璃に慎一郎が面食らう。
「いや、悪くはないけど……」
『この城はいつ建てたのじゃ?』
メリュジーヌの問いに瑠璃はしっかりと彼女の映像の方を向いて答える。瑠璃も一部の〈守護聖獣〉――巽や“寅”のように〈念話〉で行われているメリュジーヌの声を聞き取ることができている。
「結界の様子がおかしくなってからだから、今年の春ね。五年に一度は建て替えてるけど、これも飽きてきたから新しいデザインを考えてるところ。どんなのがいいかしら。お菓子の家?」
手を頬に当ててかわいらしく考える瑠璃に慎一郎は驚きの表情で周囲の石畳を見る。
見る限り、とても築半年の建物には見えない。石にはたいまつの煤やコケなどで汚れており、数十年、いや、数百年の年月の貫禄を感じる。
「どう? すごいでしょ。眷属に作らせて、あたしが魔法で仕上げをしたの。いい感じにアンティークな感じになってるでしょ?」
瑠璃が薄い胸を張る。それを見たメリュジーヌが何やら満足そうに頷いていた。同類を見る目だ。
やがて三人は通路の行き止まりにたどり着いた。通路の奥にはカラフルな布が吊り下げられており、さらに奥に続いているようだ。
「さあさあ、入って」
一足先に布の奥に入った瑠璃が顔だけを出して慎一郎とメリュジーヌを
「これは……」
『なんじゃこりゃ? 目が痛い』
その空間を見渡して、慎一郎は驚き、メリュジーヌは顔をしかめた。
部室くらいの広さがあるその空間は、全体を白とピンクと黄色で埋め尽くされている。部屋の隅には一段高くなった場所――ベッドがあり、その上にはクマやらウサギやらブタやらよくわからない生物のぬいぐるみが置かれている。ベッドの脇に置いてあるやはりカラフルな棚には色とりどりのタオルが掛けられていて、中身を窺い知ることはできない。
何というか……全体的にファンシーな部屋だ。ここまでの石造りの無骨な城の中とは明らかに異なる雰囲気を醸し出している。
「何って……あたしの部屋だけど?」
「えっ!?」
声を上げたのは慎一郎だ。その途端に挙動不審になる。どうにも居心地が悪い。
それもそのはず。彼は今日初めて異性の部屋に入ったのだ。しかしそのことは極力表に出さないように気をつけていた。できていたかどうかはかなり怪しいが。
「何よ、悪い? あたしにだって自分の部屋くらいあるわよ」
「い、いや……悪くないけど……」
「ちょっとそこ、座ってて。今お茶出すから。去年仕入れたおいしいお茶があるのよ」
そう言って瑠璃は奥の方へ引っ込んでいった。
『おい待て! 他の子供達を解放する約束じゃぞ!』
メリュジーヌが瑠璃の消えた方に向けて怒鳴る。しかし、瑠璃はそれに全く動じることなく顔だけを出して。
「いいじゃん、少しくらい。あたしもたまには部屋で誰かとお茶でもしたいのよ。
『よくはない! すぐに子供らを解放せよ!』
メリュジーヌはヒートアップする。が、
「わかったわよ。お茶はまた今度ね。お茶に合うおいしいマドレーヌがあるんだけどな」
『ま、少しくらい遅れてもかまわんじゃろ。早うシンイチロウも座れ』
部屋の真ん中にある白くて小さなテーブルの前に光の速さよりも速く座るメリュジーヌを見て、慎一郎は手のひらが音を立ててくるりと回ったのを見た。
「じゃ、そろそろ行こっか」
『うむ。茶も菓子も美味であった。褒めてつかわす』
結局、一時間近くも長居してしまった。案の定、メリュジーヌは瑠璃に出されたお茶もお菓子もすべて慎一郎に平らげさせるまで満足しなかった。
「それじゃ開けるから、ちょっとそこどいて」
「開ける……?」
瑠璃に言われるまま場所を空ける。瑠璃は鏡台の裏を何やらもぞもぞと弄っている。
と、カチッという音がしたかと思うと、今まで慎一郎が座っていた場所のすぐ後ろにあった棚が鈍い音を立てて横にスライドし始めた。
『かようなところに隠し通路があったのはの……』
棚が動いた後、そこにはさらに地下へと続く石造りの階段が現れていた。三人はそこを降りていく。
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