伝説の樹の下で2
終業のチャイムが鳴り、四時間目の授業が終わった。
委員長の女子の号令で授業が終わり、教科担任が教室から出て行った瞬間に徹が嬉しそうに「昼休みだ!」と叫んだ。
毎日よくそこまでハイテンションになれるなと思う。もう慣れたけど。
おれが鞄の中から母さんが作ってくれた弁当を取りだして後ろを向くと、徹も机の中から朝買ってきたコンビニ弁当を取り出したところだった。
「お、今日は唐揚げか。ちょっとくれよ」
仕方ないので唐揚げを一切れ徹のコンビニ弁当に入れてやると徹はお返しにと肉の下に敷いてあったスパゲティをくれた。いらないっての。
徹の家は剣術道場として知られる〈栗山道場〉だ。格闘技にはてんで疎いおれでさえ知っているくらいだから、かなり有名なのだろう。
徹はその跡取り息子として生まれたが、それに反発して剣術を辞めたらしい。それが原因で親とは冷戦状態にあり、その結果が今目の前で食べているコンビニ弁当なのだという。
「にしても、今日のお前、おかしいぞ」
コンビニ弁当を頬張りながら徹が言った。
徹が何を言いたいのかはわかる。原因は今朝からの違和感だ。
おれが違和感を覚えるたびにそのことを口にするとどういうわけかおかしなことを口走ってしまう。辻先生が酒を飲みながら授業をするとか、徹が女の子の尻をいつも追いかけているとか。
「俺がモテないの知っててイヤミで言ってるのか?」
と徹には怒られた。平謝りだ。
「おれにもよくわからないんだよ。ただ、なんかおかしくてさ」
「おかしいって?」
「なんていうか……おれが本来居るべき世界はここじゃないっていう違和感、みたいな?」
「何だそれ? そういうのは中二までに済ませておけよな」
徹はあきれ顔でさっき分けた唐揚げを口に放り込んだ。
「ふう、食った食った」
徹はコンビニ弁当を、おれは母さんの手作り弁当を完食してそれぞれ校内の自動販売機で買ってきたお茶を飲んでひと息ついた。
「そういえば今日はずいぶん小食だな。もうこれでいいのか、メリュジーヌ」
しかし、おれの言葉に対する答えはない。
「おい、メリュジーヌ?」
「メリュジーヌって誰だ?」
代わりに徹が聞いてきた。
「え? おれそんな事言ったか?」
「言ったさ。メリュジーヌって。メリュジーヌ……? 聞いたことあるな」
「メリュジーヌって、あれじゃないの? 竜王メリュジーヌ。今日の歴史の授業で出てきたじゃない」
そう後ろから声をかけてきたのは同じクラスの女子、
卵形の輪郭に大きな瞳と小さな唇。小柄でショートカットがよく似合う女子だ。その容姿でクラスの男子からは圧倒的な人気を誇る。性格も優しくて明るい。
その瑠璃はどういうわけかこうしておれと徹の話に入ってくることが多い。周りからは仲良し三人組などと言われてるが……そうなのか?
「そうだっけか?」
徹が首をひねる。確か徹は歴史の授業の時寝てたんじゃなかったかな。いびきがおれの所にまで聞こえてたぞ。よく見つからなかったな。
「それで? メリュジーヌがどうしたの? 歴史の復習って訳でもないんでしょ?」
「さあ?」
「さあ……って、栗山君、今話してたじゃない」
「知らないよ。こいつが突然言い出したんだ」
言って、徹がおれの方を指さした。瑠璃はからかうような表情で、
「ふぅん。そういえば、浅村君朝からなんか変だよね。辻先生を飲んべえ扱いしたり、栗山君を女好きにしたり」
「そうそう! おまけにこいつ、ここがおれの居る世界じゃない! とか言っちゃってさ」
「なにそれ! 中学生ならともかく、高校生になってそれは恥ずかしいわよ」
「だろ?」
けらけらと二人が笑う。おれはなにやら恥ずかしいやら腹立たしいやら複雑な気持ちだ。
「浅村」
そこへ助け船が現れた。教室の外から野太い声が俺の名を呼んだ。
「森さん」
声の主の名を呼んで、おれは昼食を中断して教室の外に出た。
「どうだ、考えは変わったか?」
廊下でおれを待っていたのは大柄な男子生徒と柔和な表情の女子生徒。
三年生で生徒会副会長の森斉彬先輩と二年生で同じく生徒会書記の細川こより先輩だ。ここ二週間ほど、頻繁におれのもとを訪ねてくる。
要件はいつも同じだ。
「前も言ったと思いますけど、生徒会長選には出ませんって」
「そこを何とか!」
森先輩が頭を下げておれを拝み倒す。
「前も言ったと思うけど、生徒会長選挙に出る人が誰も居なくて困ってるのよ。このままだと生徒会役員不在なんてことに……。だからお願い!」
細川先輩も頭を下げた。
北高の生徒会は会長だけを選挙で選び、その他の役員は会長が指名する制度だ。だから立候補は一人だけでいいはずなのだが、その立候補者がいないという事情なのだ。しかも生徒会長選挙の立候補受付締切まであと一週間だ。
事情はわかるが、どうしておれに白羽の矢が立ったのかわからない。おれみたいな一年生じゃなくて、二年生にいくらでも適任者がいるんじゃないのか?
「あれ……?」
目の前で頭を下げる二人の上級生というシチュエーションに困っていると、違和感を覚えた。
そう、またあの違和感だ。
「こよりさ……細川先輩、いつもと制服が違いますね」
「え……? いつもの制服だけど……?」
細川先輩は自分の身体を検めるように右を見て左を見て自分の身体をぺたぺたと触る。
確かに、細川先輩が着ているのは何の変哲もない北高の標準制服だ。
「どうしたんだよ、浅村。体調不良か?」
「そいつ、朝から変なんですよ」
教室の中から徹と瑠璃が出てきた。おれがなかなか戻らないから様子を見に来たのかもしれない。
「うーん、熱っぽい……かな?」
細川先輩が突然、おれの額に自分の額を当てたもんだから、目の前に細川先輩の大きな目が飛び込んできてどきりとする。熱っぽいのはそのせいですってば……! ああ、いい匂いがする。
「あ、あの……細川先輩。おれは大丈夫ですから……」
「ん、そうかな? 浅村くんがそう言うなら……」
「それよりも」
「どうしたの?」
「いえ、後ろで森先輩が真っ赤な顔をしているので、そっちをなんとかした方がいいかと……」
おれがそう指摘すると細川先輩は後ろを振り向いた。
そこでは森先輩が顔を赤くして地団駄を踏んでいたかと思うと、突然壁に頭を打ちつけ始めた。
「きゃーっ! 斉彬くん、何やってるの!?」
森先輩が細川先輩のことが好きだというのは有名な話だ。気づいてないのは多分細川先輩だけだろう。そんなだから細川先輩は無防備にもおれに顔を近づけてしまって、結果森先輩が挙動不審になってしまった。
五時間目の予鈴のチャイムが鳴る中、細川先輩は錯乱する森先輩をなだめつつ三年生の教室へと引っ張っていった。
いろいろ大変だな。
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