伝説の樹の下で

伝説の樹の下で1

                      聖歴2026年9月24日(木)?


 目覚ましが鳴る二分前に目が覚めた。

 昨夜は結構強い雨が降っていたかと思うが、それもいつの間にか止んでおり、部屋の遮光カーテン越しに朝の日差しが差し込んできている。


 おれはベッドから抜け出すと脳内にセットされていた時計アプリのアラームを切った。

 カーテンを開けると朝のまぶしい日差しが暗かった部屋を明るくする。九月も下旬だというのにまだまだ暑さは続きそうだ。

 手早く制服に着替え、昨日のうちに準備しておいた通学鞄と〈副脳〉ケースを持って部屋を出た。


「おはよう。父さん、母さん」

「おはよう、慎一郎」

 リビングでは父さんがコーヒーを飲みながら朝刊を読んでいた。リビングのテレビではニュース番組が流れている。いつもの光景だ。


『先日行われた日米首脳会談において、アメリカのアインズワース連合国王が潮崎首相に対しミズチ殿の訪米を要請したことに関連して、アメリカ側では慣例通り巨人諸種族代表との懇談を予定していることが明らかになりました。政府の発表によりますと――』


 父さんは今では地方官僚だが、かつては中央で官僚をしていたこともあり、その頃から新聞を読みながらニュースを見て情勢をチェックするのが日課となっている。

 そのため、父さんが居るときにテレビのチャンネルを変えることはできない。

 昔は見たいアニメが見られなかったり不満もあったが、もう慣れてしまった。おかげで同級生よりは世の中のことに明るいのではないかと思う。


「いただきます」

 うちの朝食は全員が揃って採る決まりだ。おれは朝食の準備をしていた母さんが席につくのを待ってから手を合わせて焼きたてのトーストを手に取った。


 焼きたてのトーストに目玉焼きと野菜サラダ。それに牛乳。

 いつもの朝食だ。しかし母さんは飽きないようにパンの種類や卵料理の味付け、サラダのドレッシングなど毎日変えてくれる。


「慎一郎、もうすぐ中間テストか?」

 父さんがサラダにドレッシングをかけながら聞いてきた。


「ん? 中間テストは来月の半ばだからもうちょっと先かな。でも予習復習はちゃんとしてるから慌てて勉強しなくても大丈夫」

「そうか。まあ父さんはうるさく言うつもりはないから、自分でしっかり管理して後悔しない高校生活を送りなさい」

「うん。わかった」




「いってきます」

 朝食をとり、歯を磨いて家を出る。朝食は家族全員でゆっくり採るという父さんの方針があるので、登校時に慌てたという記憶はない。あらかじめ玄関に置いてあった鞄と〈副脳〉ケースを持って家を出た。


 うちがある高台から駅前を抜けて住宅街を通り抜け、車の通行量の多い市道を歩くと毎日通う北高の正門だ。

 数多くの北高生、その中の何人かの知り合いと挨拶をして昇降口から本校舎に入っていった。


「よう、今日も早いな」

 予鈴が鳴って五分後、始業のチャイムが鳴っている最中に息を切らせて徹が一年F組の教室に文字通り駆け込んできた。


「お前が遅いんだよ。どうせ今日も辻先生を追い越して――」

「……? どうした慎一郎? 腹痛はらいたか?」

「いや、何か違和感が……」

「何かって何だよ?」

「うーん……」


 首をひねって違和感の正体を考える。が、そうしている間に教室の引き戸が開いて担任が入ってきた。

 担任の辻綾子先生である。


「起立、礼!」

 委員長の号令に従って礼をする。拭えない違和感。


「休みはいるか? いないようだな」

 辻先生が教室を見渡して出欠を取る。先生によっては全員の名前を呼ぶ人もいるようだが、この先生は「見てわかるのに必要ない」と出席は取らない。

 そうしているときに目が合った。


「どうした、浅村? そんな時私のことをジロジロと見て」

「いや、先生……。今日は酔ってないんだなって思って」


 教室じゅうの注目が集まってきた。


「何言ってるんだお前? 確かに酒は好きだが、授業中に飲むわけないだろう? どうした? 夢でも見てるのか?」

 クラスがどっと笑いに包まれる。


「ははははは! 慎一郎、面白いこと言うな。そうか……が酒飲みながら授業か。一度見てみたいかもな」

 後ろの席の徹がおれの肩を叩きながら笑った。

 おれは釈然としないながらも釣られて笑うしかなかった。

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