地底の王国3

 六人は素早くゴムボートから下りて陸地に陣取った。そこは岩場で、少々の凹凸はあるが足元は安定しており、陸上で戦うには適した地形と言えた。


 慎一郎は左右の腰に装備している四本の〈エクスカリバーⅡ〉をすかさず抜いてパーティの前面に出る。ほとんど同じタイミングで斉彬も〈デュランダルⅡ〉を持ち、横に並んだ。

 二人の戦士の後ろでは楓と魔法使い達がいつでもワニに対処できるように身構えている。


 対するワニは一撃離脱の戦法を諦めたが、慎一郎達を諦めたわけではないようだ。その巨大な身体を水面から出し、ゆっくりとこちらに向けて泳いでくる。

 やがてそれは四本の丸太のような太い脚のすべてを大地にしっかりとつけ、自らの脚で住処である水辺から完全に離れた。一歩一歩、ゆっくりと、だが確実に慎一郎達の方に向けて歩いてくる。


「いつも通り、徹と今井さんが遠距離から先制攻撃。接近したらおれと斉彬さんで対処。こよりさんはバックアップを。結希奈はいつものようにいざというときのために手を空けておいて」

 慎一郎がすばやく方針を説明すると、他の部員たちは短く「わかった」と頷いた。


 そうしている間にもワニは悠然とこちらに向けて歩いてくる。ワニという生き物は水の中でこそ本領を発揮する生き物のはずだが、こいつからはそんなことを微塵も感じさせない余裕を感じられる。


「いきます。はっ!」

 楓が戦いの火蓋を切って落とすかのように矢を放った。それと同時に徹が先ほどと同じように〈火球〉の魔法を繰り出す。

「炎よ!」


 楓の放った矢はワニの固い鱗に弾かれ、徹の魔法はワニの身体を燃やしたがその動きはいささかも揺るぐことはなく、いずれもダメージを与えているようには見えない。


「くそっ、なんてやつだ。ならもっと強い魔法を……」

 徹が呪文を唱え始めた。しかしその瞬間、ワニは猛然と襲いかかってきた。パーティの前面に立つ慎一郎と斉彬が身構える。




「オレに任せろ。うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 見た目にそぐわない速度で襲いかかってくるワニの攻撃を正面から〈デュランダルⅡ〉で受け止めた。

 固いものがぶつかる鋭い音。ワニが〈デュランダルⅡ〉に噛みつき、振り払おうとするが、斉彬も負けてはいない。裂帛の気合いとともにその場に踏みとどまり、自分の身体よりも大きなワニと互角に渡り合っている。


『シンイチロウ!』

「ああ!」

 斉彬との力比べに集中している隙を狙って慎一郎がワニの右後方から斬りかかる。両手と見えざる手に持った〈浮遊剣〉の四本の剣を振りかぶった。


 ワニは先ほど楓の矢をものともせずはじき返したほどの堅さを持っている。慎一郎は鱗の間を慎重に狙うことにした。

「たぁぁぁぁっ!」


 しかしその時、メリュジーヌから鋭い警告が発せられた。

『シンイチロウ、右じゃ!』

 ほぼそれと時を同じくして、横合いから巨大な影が振り払われるのが見えた。


 ワニの尾だ。その太さは根元で慎一郎の胴よりも太い。

 咄嗟に〈エキスかリバーⅡ〉で身を守ろうとするが、とても間に合うものではない。


 鈍い音。何かが砕ける音。


 それは慎一郎の骨が砕けた音ではない。

 慎一郎の目の前を飛び散る無数の白い石の破片。


 それはここまでゴムボートを引っ張っていた軽石でできたこよりのゴーレム“レムちゃん”だった。

 こよりの咄嗟の判断により四体のゴーレムがワニの尾と慎一郎の間に割り込み、その勢いを身を挺して減じたのだ。


「ぐっ!」

 勢いを殺し切れなかったワニの尾が慎一郎に炸裂した。ゴーレム四体を破壊してもなお余りある破壊力を持ったワニの尾は慎一郎を弾き飛ばした。


「慎一郎!」

 結希奈がすかさず駆け寄り、回復魔法を唱える。


「だい……じょう……ぶ……」

「いいから、じっとしてて」

 慎一郎に意識はあるようだが、すぐには動けそうもない。結希奈の唱える回復魔法によって彼の身体が淡く光る。

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