地底の王国2
「はッ!」
ワニが水面から飛び出した瞬間を逃さず楓が矢を射る。それはワニの下顎付近に突き刺さり、ワニはそのまま水の中に再び落ちた。巨体の着水により大きな水しぶきが上がった。小さなボートが木の葉のように揺れる。
『全員、ボートにつかまれ!』
「きゃっ!」
立って矢をつがえていた楓がバランスを崩したが、慎一郎が咄嗟に彼女を支える。運がいいことに、ボートは二艘とも転覆しなかったし、水の中に落ちた部員はいなかった。
「まだ来る!」
水の中を見ていた結希奈が叫んだ。ワニは矢傷などもろともせずこちらめがけて一直線に向かってくる。いや、あの攻撃で逆にワニは怒りを募らせ、明確に殺意をこちらに向けてきている。その動きは先ほどより数段パワフルだ。
「細川さん、スピードを上げてください!」
「わかったわ!」
慎一郎の指示を受けてこよりが「レムちゃん!」と呼びかけると、それまで平泳ぎをしていたゴーレムが一斉にクロールに泳法を切り替えた。
それにより、ゴムボートの動きは多少は速くなったようだが、水中より迫ってくるワニを振り切れるほどではない。
「くそっ、どうすりゃいいんだよ。水の中じゃ攻撃できやしない!」
斉彬がほぞをかむ。今の〈竜王部〉に水中の敵を攻撃する手段はない。
『飛び出してきたときに攻撃するしかあるまい。皆、集中力を切らすな』
足場が不安定なゴムボートの上で生徒達は腰を低くして少しでも安定させようとしている。そのゴムボートの揺れはワニが近づくほどにさらに大きくなっていく。
「来る!」
慎一郎が叫んだ。
次の瞬間、慎一郎の乗っていたボートをかすめるようにワニが水中から飛び出してきた。
先ほどよりも狙いが正確になっている。
慎一郎とワニの目が合った。その瞳は慎一郎を睨んでいる。殺意と悪意を込めた瞳だ。
慎一郎の胴体をも丸呑みしそうな巨大な口。あれに襲われたらゴムボートなどひとたまりもない。
渦に巻き込まれる小さな葉のように揺れるゴムボートを必死で押さえながら、見えざる魔法の手で結希奈と楓も支える慎一郎にワニを攻撃する余裕はない。
しかし、慎一郎には仲間がいた。
「炎よ!」
空中に躍り出たワニが徹の声とともに炎に包まれる。
――ギャァァァァァァッ!
苦悶の声を漏らし、肉の焼ける匂いを残してワニはそのまま水中へと戻っていった。
すぐ近くに着水したワニの水しぶきが慎一郎のボートを濡らす。
「今のうちに早く!」
慎一郎が叫んだが、そうは言ってもゴムボートの動きはゴーレムだよりで、こよりの苦しげな様子を見るにこれ以上のスピードは期待できそうにもない。
一方のワニはゆらりと水中で向きを変えるのが見えた。焦らず、確実に仕留める作戦に変更したようだ。
パワーやスピードだけではない、頭も良い。思わぬ強敵の出現になにもできない自分が情けなくなってくる。慎一郎が悔しさのあまり、ボートを強く握りしめたとき、すぐ横で余人には聞こえない小さな声でささやかれた。
『すべてを背負い込まんでもよい。リーダーとは自分で背負い込む者のことではない。仲間を信じる者のことじゃ』
その声にいつの間にか下を向いていた顔を上げると、メリュジーヌのアバターがしっかりと前だけを見て、何も動じることなく腕を組んで立っていた。その時である、結希奈の声が聞こえたのは。
「みんな、つかまって!」
結希奈は同乗している慎一郎と楓がボートのヘリに捕まったのを確認すると、小声で呪文をつぶやいた。そして、
「水よ!」
次の瞬間、後ろに引っ張られたかのように身体がつんのめった。そうではない。ゴムボートが突然加速を始めたのだ。
「なるほど、水の魔法で水流ジェットを作ったってわけか。なら、俺も……」
徹のボートも結希奈を見習って加速を始めた。透明度の高い水中にいるワニはそれを見て慌ててボートを追いかけるように速度を上げる。
ボートの速度は劇的に上がったとはいえ、それでもワニよりは遅い。じりじりとその距離を詰められていくとき、各ボートの上に追従するようにセットされている〈光球〉の魔法が水たまりの終わり、陸地を照らし出した。
『見えたぞ! あそこまで急ぐのじゃ!』
「水よ!」「水よ!」
結希奈と徹の水魔法はさらに勢いを増した。そのままゴムボートは滑るように陸地へと躍り出た。
「みんな、陸地へ!」
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